04 | ナノ

04



俺は今生まれて初めての経験をしてる。


…あついし、ドキドキするし、どうしたらいいかわかんねぇし、なんかすげぇ見られてる気がして、心臓に悪い。
胸に手当てたら、バクバク言ってる。
心臓の鼓動回数が決まってるっていうから、俺多分今日でだいぶ寿命縮んでる気がするわ。うん。

(そうっと、そーっと…見つかんねぇよう、に。)

ぴったりと壁に寄り添って、周りから見たら不審者極まりない動作で道を歩く。
ママー変なおじさんがいるよー、と小さい可愛い女の子に言われて正直ちょっと傷ついたけど(でもおじさんなのか、そう見えるのかって考えたらなんかちょっと嬉しい自分もいたりした)、今はそんな成り振り構ってはいられない。
そう、今日の俺には重大な任務があるのだ。


そうっと電信柱の影から少しだけ顔を覗かせて前方を見る。
少し遠くに見える後ろ姿は、今朝いってらっしゃいといつも通り俺を見送ってくれた御幸のもので間違いない。
今日はいつもより早く出るからって言って、いつもより30分くらい早く家を出たのが数時間前のこと。俺の計画なんて知りもしない御幸は、「じゃあちょっと早めに朝飯用意しねぇとなー。」なんて言って俺の言った時間に合うように飯を作ってくれたのにはちょっと心が痛んだけど、実は仕事は今日、有給が取ってあった。

いつもより早く出たのは、確実に御幸より早く家から出たかったから。
……そう、御幸の1日の行動を尾行するために。



御幸が来てから1カ月以上が経ったけど、御幸は特に何をするでもなく、俺の飯をきちんと作って…というより、家の家事全般を手伝ってくれて、時間が合えば一緒に食事をして、俺が居ない間に学校にいっている(らしい)。
それだけ見てると、まるで本当に行くところがなくて家に来てるみたいに見えるけど、…でもなんか俺は納得出来なくて。
御幸にそれとなく話をいろいろ振ってみるのに、大切なところは全部はぐらかされてるから、そのせいもある気がする。
話してくれないなら、自分で確かめるしかない。

よく考えれば俺は御幸の通ってる大学も知らねぇし、普段何してんのかも全然知らねぇ。
尾行なんてちょっと気が引けたけど、でもそれ以外考え付かなかったから仕方ない。

そんなこんなで、尾行開始から数時間。
今日は授業があるって言ってた御幸が家を出たのは昼より少し前だった。
そのまま後を付け出して分かったことは、尾行って案外疲れるってことと、御幸が通ってるのがめちゃくちゃ頭のいい大学だったってこと。…くらい。


「…あいつめっちゃ普通に学生やってたんだなー…。」


さすがに大学の中までうろちょろして不審者通報されるのはいろいろと問題だったから、御幸が授業が終わるまでは近くふらふらして時間潰して、確か大学の授業って1時間90分だったはずだから、毎回それくらいの時間に校門近くに戻って来るってのを数回繰り返したら、昼とは逆に大学から出てくる御幸を無事見つけることが出来た。

今はその帰り道の尾行中。
行きみたいに「大学」って目的がはっきりしてるわけじゃねぇから、いつどこの道通ってどこ行くのかわかんねぇし、昼間よりなんか集中力がいる。あんま近づくと見つかるし…くっそ今だけ透明マントが欲しい。

(大学帰りに、本屋で経済雑誌の立ち読み、スーパー、またスーパー、……アイツまじで普通に真面目な大学生…?)

しかもスーパーはどう考えても夕飯の買い物だ。
梯子するくらいこの辺のスーパーに詳しくなってるくらい飯作らせてんのかと思うとまた俺の良心がチクリと痛む。
その上なんか俺…、…尾行とかして何してんだろ…。
最初こそ意気込んで始めた尾行だったけど、途中から感じ始めたモヤモヤとした感じはたんだんと大きくなって、今やもう無視出来ないくらいに成長していた。

登場とは裏腹に、あまりにも“普通”な御幸を見てると、むしろ下手に勘繰ってる自分がおかしいんじゃねぇのかなとか思って来る。
もちろん息子なんて言われてもしっくりこないし、そこについては簡単に認めるつもりも認める気もねぇけど…。
でも、行くところがないから、っていう理由が本当なら、なんかもうそれだけでいいんじゃないかと思い出してるのもまた事実。
なんかおかしな事件に巻き込まれたり、騙されたりするんじゃ…って考えたこともあったけど、これだけ長い間御幸と一緒にいると、御幸のことも段々見えてきて、そんなことするようなやつじゃないって今だったら大声で言える。
俺を頼って来るしかなかったんなら、別に頼ってくれていい。部屋だって元からあったし持て余してたんだからちょうどよかったくらいだし。
むしろ御幸が来てから、俺の生活はぐんと楽になった。それに、御幸といると退屈もしない。(口喧嘩は多いけど。)


ぴたり。
足が自然と止まる。尾行用として、ちょっといつもより地味な格好をした自分が、ちょうど止まったところの横にあった商店街のガラスウィンドウに映った。その姿があまりにも情けなくて、…本当何してんだろ、俺。

(もう、やめよ…。)

話さないのは、話したくない理由があるんだろう、なんてこと、今更になって気付くなんて。
いや、いきなり来たのはあっちなんだから聞く権利くらいあるだろとは思うけど、でも。
こんな卑怯な真似は、するんじゃなかったな…。
少なくともされたのが俺の方だったら、良い気分は絶対にしない。

足を止めると、御幸との距離が少しずつ、少しずつ開いていく。
すると少しして、御幸の足もまた、ぴたりと止まった。
どこか寄るところでもあるんだろうかと思えば、ゆっくり振り向いた顔が、俺の姿をしっかりと捕えた。
え、と思う前に、完全に目線が合ってる瞳が、ニヤリと笑う。


「尾行ごっこはもうおしまいですか?沢村さん。」


遠くから聴こえて来た信じられない言葉に、思わず目が天になった。


「え、…!?」
「沢村さんってば、1日俺のことストーキングして何がしたかったの?」
「ば、ば、ば、ば、ばばば…!」


バレてる!?
驚いて声が出ない俺にほんの一瞬で距離を詰めた御幸が、にっこりと笑う。


「バレてるに決まってんだろ。…つか本気でバレてねぇと思ってたらそれはそれで結構問題だと思うけど…。」
「い、いつから…!」
「家の近くの公園で沢村さんが待機してたところから。」
「それおもいっくそ最初じゃねぇか!!!」
「うん。なんか面白そうだから黙ってた。」


嘘だ…。
だ、だって俺の尾行は完璧で…!
御幸が家出る前に近くの公園で待機して、その公園でも死角になるように木の近くに隠れて…、それからはある程度距離を保ったまま隠れながら尾行してたはずなのに…!!

なのになんで!!しかもまさか、最初から、なんて…。



「で、何がしたかったわけ?」



そう言って首を傾げる御幸の言葉にぐるぐると真っ白になった頭が嫌な音立てて鈍く重く動く。


「………さ、」
「ん?」
「参観日、だ!!」
「は……?」


思わず口走った俺の言葉に、ぽかんとした御幸との間に訪れた、一瞬の沈黙。
言った俺も驚いた。だって、参観日って、そんな分かりやすい、嘘。



「……ぶ、は!」



案の定噴き出した御幸が、顔を手で押さえて肩を震わせた。…これは相当笑ってやがる…。


「ははっ、はははっ!!何だそれ参観日って、…参観日って…!!」
「う、うっさい笑うなバカ!!」
「だって、参観日って…まぁ、そうだな、参観日だな…!」
「だーーー!!笑うな!!!」
「はいはい、参観日お疲れさまでした、沢村さん。」
「だーかーらーー!!」


なんだ、何でこんな恥ずかしい思いしてんの、俺。
一体どういう状況なんだ、これ!


「で、何か収穫はありました?」


しれっとそんなことを聞いて来るもんだから、今日1日の御幸の行動を思い返して小さく呟いた。


「…………雑誌買う時くらいは、高校生らしいもん読め。」


今度こそ、御幸の笑い声が爆発した。









なんか1日ホントに無駄にした気がしないでもねぇけど。
とりあえず御幸が普通に生活してんの見れただけでも、よしとするか…。
まぁ俺は完全に暫くこの恥忘れられそうにねぇけどな…!



(…あれ、…でも最初から気付いてたってことは、俺が見てるのわかってて…、)



恥ずかしさの合間にふと考え付いたけれど、気付かないフリをした、そんな考え。


そんなことを考えてる俺の横で、御幸が一瞬だけいつもみたいにへらへらした笑みを浮かべるのをやめて俺の方を見ていたその視線の意味に。





その時の無知な俺は
気付くことが出来なかったんだ。








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