03 | ナノ

03



泣いている、声。

……誰、のだろう?
わからない。わからない、けど。

そいつが、ひどく悲しそうに泣くから。
だから俺は、そうだ。


(、守らねぇ、と。)


守らないと。俺が。
だって約束したんだ。
小さなその手を握りながら、誓ったんだ。




―――お前は、俺が、























「…………っ、…!?」


叫び声で、目が覚めた。

…自分、の?


当たり前だ、だってここは俺の部屋で、ここにいるのは、俺一人。
ペタリと額に触れたら、怖いくらいに汗が滲んでた。
…なんだこれ…?


「………夢、?」


夢にしてはやたら、リアルな。
いや、リアルっつっても、なんかなんだったか全然覚えてねぇんだけど…。

心臓に手をやったら、怖いくらいに鼓動が跳ねてた。
暫く収まらなそうなそれに、思わず吐き気すら覚える。


ゆめ。
ゆめみが、わるかった。


そう簡単に言ってしまうには、なんだか、違和感が胸に残って、小さく眉根を寄せる。


「…とりあえず、水…。」


窓の外を見ても、まだ空は暗かった。
寝てからどれくらい経ってるのか分からず、手探りで手元の携帯を開いたら、まだ明け方まで随分と時間がある。…というより、寝てからの時間の方が短いくらいだ。

こんな時間に目が覚めんのも、珍しい。
悪夢にうなされるってのもまた、珍しいけども。




体を起こして、重たい足を引きずるように、リビングに向かう。
何かひたすら叫んでたせいか、妙に喉が渇いてた。

あまりに長い間使ってなかったせいで、暗闇の中じゃ廊下の電気がどこにあるかなんてわからなかったから、真っ暗な中、手探りでリビングまでの廊下を進む。
壁を伝って、ゆっくりと。裸足の素足に、ヒタヒタと足の裏に冷たいフローリングの温度が伝わって来る。
ぶるりと、寝起きの体が小さく身震いした。



「…あれ…?」


リビングへ繋がる扉は閉まってたけど、なぜかその扉の下のところから灯りが漏れていた。
誰、なんて考えなくてもすぐに分かった。だってこの家には今、俺ともう一人しかいない。
でも、御幸には2階の部屋を分け与えていたはずだし…なんでリビングにいんだろ。
まだ起きているにしては少し遅すぎやしないか。大学1年といえども、甘く見てると…、…って俺最近これが口癖なんだけど、もしかしてこれって最近の奴には「ウザーイ」とか言われるようなセリフなんだろうか。どうなんだ。
童顔童顔言われてはいるけど、もう俺も30回ってるおっさん…、…いや、素敵な大人な男性なわけだけど、なんだか御幸とはあんまりジェネレーションギャップなるものを感じない気がする。
御幸が妙に大人っぽいせいかな…。

開いたドアの先、静かな部屋は明々と灯りだけが付いていて、ソファから足を突き出して御幸が寝てた。
いつも顔にある眼鏡が無い。よく見れば、横に置いてあったから、元々寝るつもりだったのか。
それとも転寝のつもりだったんだろうか。


「…テレビ消えてるしな…。」


別に電気代どうこう言うつもりはねぇけど(それなりに稼いでるけど使う暇ないくらいに忙しいから)、折角広く寝れるところ提供してやってんのに。…もしかして遠慮してんのかな。
そっと御幸に近づいて、その顔を覗きこむ。
無駄に整った顔。最初に見たときの印象と何ら変わらない。
ちょっと見ないくらいのイケメン面。美人は3日で飽きるっていうのに、未だ見ながら「この無駄なイケメンめ…。」と思うくらいには。

突然、『息子です。』なんて言ってやって来た、胡散臭いやつ。
事件とかに関わるのはごめんだし、少ししたら理由付けて帰って貰おうと思ってたのに、いつの間にか俺の生活に勝手に馴染みがやって。
…見れば見るほど、似てる所なんか一つもねぇのに。
本当に息子だなんて思ってねぇけど、でもなぜか妙に変な感じがして、無下に出来ないのまた、事実。
最近ずっと生活を共にしてるからそんなことを思うようになってしまっただけなんだろうか。でもこの、変な感じ、は、最初に御幸に会った時から感じてた気がしないでもない。


御幸と暮らし始めて1か月ちょっと。
知ってるのは、名前と、年齢。御幸一也18歳。自称俺の息子。
母親が死んでしまって行くところがないから、大学の間は置いて欲しいと突然やってきた“見知らぬ他人”。
4年生の某国立大学の1年生で、最近はふわふわオムレツがその辺のレストランのシェフ顔並み。
俺の周りのこと全部してくれて、なぜか俺の好みを熟知してて、…一緒に生活してんのに、俺が御幸について知ってるのなんて、それくらいしかない。
それは俺が聞こうとしないし、御幸が話そうとしないからだけど。
…俺はいつまで、こんなことしてるつもりなんだろう。


御幸はいつまで、こうしてるつもりなんだろう。



「…お前さ、ほんとはどっから来たの?」


寝てる御幸は答えない。
返って来るのは、規則正しい寝息だけ。
それに小さく、ため息をついた。


どこから来たの。なんで俺のとこ来たんだよ。
なんで俺のことそんな知ってんの?
御幸一也って本当の名前?母さんってよく言うけど、その人の名前は?もしお前の言ってることが本当だったら、俺とどういう関係だったんだろう。なんで俺覚えてねぇんだろ。

分からないこと、聞きたいことは、沢山あるのに。


簡単に何一つ聞けない、もどかしさ。
聞いたら答えてくれるんだろうか。案外あっさり、色々と教えてくれるかもしれない…なんて考えて、それはねぇなってすぐに分かった。

鈍いほうだけど、俺だってただのバカじゃねぇし。
…御幸が意図的に自分のことあんま喋らねぇのなんか、もう気付いてる。


気付いてなお、聞けない理由なんてひとつしか。



「ん…?」
「あ。」
「………あ、れ…?」
「悪い。起こした?」
「……さわむらさん…?」


寝ぼけているのか、眼鏡が無いせいか、いつもよりあどけない表情を浮かべる御幸が、不思議そうに俺の名前を呼ぶ。
…こいついつから寝てたんだろ。


「…なんで…。」
「いや、ちょっと目が覚めて…つーか、お前部屋帰んねぇの?」
「あー…。…………めんどくさく、て。」
「なんだその間。」
「んー…。」
「あ!こら寝るな!寝るなら布団で寝ろ!!風邪引くだろ!」


また目を閉じようとする御幸の肩を掴んで、慌てて揺さぶる。
すると、少しだけ驚いたように御幸が目を見開いた。


「…いつから?」
「は?」
「いつから、いた…?」
「いつって…、ちょっと前だけど…。何?」
「俺、寝てた?」
「へ?…寝てた、んじゃねぇの?」
「………そー…。」


なんだ。
何が聞きたいのか全然分かんねぇぞ御幸。
寝ぼけてんのか…、そういやなんか目しょぼしょぼしてるしなぁ…。
布団まで引っ張っていってやってもいいけど、俺よりでかい御幸をかついで二階まで上がるのは少々骨が折れるだろーし…。(出来ないわけじゃない。決して。)


「みゆきー…。」
「…俺、さぁ。」
「んあ?」
「人が近くにいると、寝られねぇの…。」
「…それは俺が邪魔だって言いてぇの?」
「ちがうちがう。逆だよ、沢村さん。」
「逆、って…。」


「俺、誰かが近くにいたのに起きなかったのなんて、初めて。」


伸びて来た手が、俺の右腕を掴む。
その手に力が入った瞬間に、思いっきり重力を無視した力が体に加わった。
強い力に引っ張り込まれて、気付けば見下ろしていた御幸の顔が、いつの間にか見上げた先にあった。
ふかっと心地良いソファーの生地が体の半分を包む。

御幸の腕の中に引っ張り込まれてすっぽりと抱きこまれた。しかもいとも簡単にだ。


「な、ななななにすんだよ!?!?!?」
「いーじゃん…、ほら、俺ら親子なんだしー…。」
「お前は小さい子供かっ!」
「小さいときに出来なかったから、今すんだよ。」
「…………ファザコン…。」
「お、やっと父親だって認めてくれた?」
「言葉のあやだ。言葉の!」
「えー。」


トクン、トクン、と。


(御幸の心臓の音がする。)


自然にくっついたところから、心地良い音が響いて来る。
それは不思議なくらい、自然に俺の心音に溶けるように馴染んだ。こんなところにまで、スルリと入ってきて。
やっぱり、なんか放っとけねぇんだよ、こいつ。


すう…と小さく寝息が聞こえて、御幸がまた寝てしまったことに気付いた。
…つーか俺は水が飲みたかったし普通にベッドで寝たかったし、やっぱ電気つけっぱだし、寝たくせに力強くて出れねぇし。


ちょっと脱出を試みたけど、すぐに難しいことは分かったから、諦めた。



「……あったけ…。」



仕方ないから、仕方なく。
観念して力を抜けば、御幸と触れてる所が妙にあったかくて、なんだかくすぐったい。
そういえば俺も誰かとこういう風に寝るのは初めてかも。
俺自身、すげぇ小さい頃に親も他界しちまってて、親戚の家で育ったから、俺も家族の温もりってのはよく分かんねぇけど、でもこういうのは悪くは無い。
だからかな、御幸のこと、追い出せねぇの。行くところがないなんて、そんなこと言われたら。




目を瞑るその顔を見ながら、目を閉じる。





御幸を拒否出来ないんじゃない。
俺が、御幸を拒否したくないと思い始めてるだけ。
踏み込むことが出来ないのも、それを聞いたら御幸はすぐにでもいなくなってしまうと、半ば確信みたいな予感を感じているから。



俺は多分、少しずつ、このまま“ずっと”こんな生活が続けばいいと思い始めてる。



(…すげぇいろいろと、手遅れだ…。)



とりあえず今は何も考えなくてすむように、そっと深いところに意識を沈めて考えることをやめた。
その体に御幸の熱を移しながら。








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