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それは真昼の、突然の来訪者だった。 「…今、なんて言った?」 チャイムに反応して、片足につっかけを引っ掛けたまま、更にその片足だけドアの外に出てるだけのマヌケな恰好で。 咥えてた煙草を危うく口からぽろりと取りこぼしそうになるのを何とか寸止め、見開いた目の先にいた青年(いや、少年…か?)を真っ直ぐ見つめた。 口から出た言葉は、寝起きもびっくりなほど、間抜けに響く。 それもそうだ。 「だから。…俺、アンタの息子なんですけど、沢村サン。」 にこりと笑うその顔は、あどけなさを残し、大人びた印象を幾分か和らげてくれた。…が。 「息子ぉおお!?!?」 今度こそ、ポロッと大口を開けた口から煙草が落ちて、思わず前に出した右足が、ぐしゃっと音を立てて一瞬でそれを無惨な姿に変えた。 「随分イイトコ住んでんのな、アンタ。じつはすげぇ稼いでる?」 「…お褒めの言葉、どーも。」 コトンと音を立てて目の前に置いたガラスコップ。 あいにく、ジュースとかみてぇな気の利いたモンを常備してるようなマメな方ではない。…というか、俺がさっきまで飲んでてちょうど無くなっただけなんだけど。 だから、差し出したコップに入ってるのは、ただの水。 しかも水道水だ。ミネラルウォーター?………なんでしょーね!それは! だけど、正直。 突然の招かざる客に対して、ここまでしてやってるだけで褒められるべきではないだろうか。 じっと無言で見つめた先、暫くコップとにらめっこした後、特に文句を言うことなく、“そいつ”は、それにその細い指を伸ばした。 「…………。」 「…そんなに見られると、さすがに照れるんですケド。」 ニッコリと、人形みたいな顔で笑う男の笑顔は、俺が今までの人生で見たこともないくらい完璧なものだった。 それに更に眉を寄せるものの、当のコイツは気にした風も無く、差し出した水で喉を潤す。 まるで映像のような完璧な所作に、思わずかける言葉を失った。けれど、なんとか気を取り直して、ソファに座るそいつを睨みつけて、出来る限り作る、難しい顔。 「…………で?」 この御幸一也、と名乗った若造が、突然押しかけてきて、数十分。 混乱して思わず家に引き入れてしまったが、なんか間違った判断をした気がしないでもない。 だって。怪しい。怪し過ぎるんだ、コイツ。 「で、って?」 「質問に質問で返すなっ!」 「だって本気で分かんねーんだもん。」 「………。」 「さっきも言っただろ?俺、アンタの息子なんだよ。沢村栄純サン。」 「………俺、子供どころか結婚した覚えもねぇんだけど…?」 小さくそうつぶやけば、目をパチクリさせた御幸が、少しだけその視線を左右に揺らしてから、だろーね、と言って笑う。 そこにあったのは、小綺麗な作りをしてる部屋に対して、決してお世辞にも綺麗とは言えない室内。 仕事で使う資料が床に散乱し、壁際には何層もの資料の山が建設されてる。 キッチンなんてただの樹海…っつーか寧ろ腐海状態だし、一人暮らしだっつーのに無駄に二階まである家の中で、まともに生活出来るのは、リビングのソファー付近だけだ。 …ま、それらを見て、到底結婚してるなんて思う人は早々いない。 が。 (…分かってても言われるのはなんかムカツク。) しかもこの無駄なイケメンな若いやつに。 世間ってお前みたいなのが思うより断然厳しいんだからな!! 「じゃあ子供なんて、」 「でも実際俺はアンタの子供だし。」 「………………。」 「可愛い顔して、なかなかヤンチャだったんだな、沢村サン。」 「可愛いは余計だ!」 結構気にしてんだぞ、この童顔! ……って、そうじゃなくて。 「……ちなみにお前、何歳?」 「ん?………ジュウハチ。」 「18歳いい!?」 いや、見えない………こともねぇけど!でも! いや、言われてみたらそれくらいな気がしないで…も…いや、うん、まぁそれはいい。俺が童顔気にするようにコイツももしかしたら気にしてるかもしんねぇし。うん。それはいい。それはいいけども! 「………俺、今34なんだけど。」 「ん、知ってるよ?」 「あ、そうですか。………じゃなくて!!俺の計算が間違ってなければ、お前って俺が、」 「16の時の子供、になるな。」 「あ、あ、ありえねぇ………!!!」 「……ま、ほら、人生若いときには間違いの一つや二つあるって。」 なぜかそんなこと言われて慰められる俺。 これじゃどっちが年上か分かったモンじゃねぇ…! つか、俺そんな不良だった?いやいやいや、いつも充分に真面目に普通の青春過ごしてたハズ! …はず。 「なぁなぁ、」 「…なんだ…。」 「これはやっぱり、呼ぶべきかなー?」 「………一応聞いてやろう。……なんて?」 「おとーさ、」 「うあああああそれ以上言うなああああああ!!」 「…賑やかだなあ、沢村さん。」 反射的に耳を塞いで俯いた。 叫び声でかきけした御幸の声。呆れたようにそういった御幸が、クスリと笑う。 持っていたガラスコップを机において、立ち上がって、そのまま近づいてきやがったから、思わず後ずさったけど、それにはすぐに限界が訪れた。 足に当たる、資料の山の感触。 ああ………掃除しとけばよかった……。 なんて思っても後の祭り。 「変わんねーな、沢村さん。」 「え…?」 伸びてきた手に、頭を撫でられる。 俺より少し高い、身長。 少しだけ広い、肩幅。 見上げた先、似ても似つかない整った顔。 息子、とか言いながら、どこを取ってもその確証が得られない怖いくらい整ったその顔に、不信感だけが募っていく。 けれどなぜか、その手が振り払えなくて、混乱した頭が変な音を立てそうだった。 「……………母さんの話と。」 ニッコリと笑って一度頭を何度か撫でてから離れて言った、突然の来訪者から与えられる温度が、何かに反応するようにジワリと頭の中を焦がした。 突然の来訪者 |