腐っても、俺だって男だから。 御幸の方が背も高いし、力も強い。 それは確かにそうだけど、俺だって別に女じゃねぇんだから、本当はいくらだってその気になればあしらえる。 足だって遅くない。一度その手から離れてしまえば、御幸を振り切る自信だってある。なのに、御幸は俺を本気で捕えようとしない。だから、それを考えると、浮かぶ疑問は純粋に、“どうして”? 「逃がすわけ、ねェだろ?」 ビクンと震えてしまうほど、甘い声で呟かれた誘いの言葉。けれどその瞳に宿っているのは、どう見ても、言葉とは裏腹なとてつもなく攻撃的な色。 柔らかく回される腕も、唇を舐め上げる舌も、熱の伝わって来る体も。 全身で俺を捕える。 逃げないの、なんて聞きながら、分かってるくせに。 俺が逃げないことを、分かってるくせに。 いつだって少しだけ逃げ道を残してくれている。だけど俺はそれに気付かないフリをする。 だから、甘える。 まるで、アンタが無理やり俺を逃がさないようにしてるんだ、って。 アンタに叶うはずがないから、流されてるだけなんだ、って。 絶対にこれは、俺の意思や願望なんかこれっぽっちも介入してないんだ、って。 甘える。 逃げる。 目を背ける。 酷く、残酷な、こんな恐ろしい現実から。 手を取られて、寄せられた先にあったのは、温かい温度。 いつだって俺の言葉を無視して、その腕で俺の理性なんて掻き散らして、俺を、俺じゃない何かに簡単に変えてしまうくせに。 その手で、涙をぬぐって、背中を抱いて、俺を抱きしめる御幸の瞳は、酷く、優しい。 「お前が俺に、勝てるわけねェもんな。」 視界は歪むのに、涙は浮かばない。 けれど一つだけ、俺と御幸の間に落ちる、雨。 それが何なのか、逸らされた視線を追っても分からなかった。 (なぁ…どうして俺を、完全に繋いでおいてくれねーの。ずるいよ、アンタ…。) 知ってるよ。 アンタが本当は、俺を拘束してるわけじゃないってことくらい。 嘘つき。 本当はいつだって逃げ道を作ってくれているくせに、そんな、言葉。 体格は確かに違うけど、俺だって男は男。 こんな風に本気の力一つも入って無い腕に抑えつけられたって、本当は、なんてことねぇんだよ。 気付いてるんだろ。御幸。 俺が逃げねぇこと、逃げらんねぇこと、気付いてるんだろ。 だから。 (悪いのは、アンタの方だ。) 一度だけ名前を呼ばれて、誤魔化すように首を一度だけ左右に振った。 なぁ、ばかじゃねぇの。ばかだよ、御幸。 変なところで、俺に甘い。 そんなアンタが、やっぱり悪いよ。 [TOP] |