* 双子御沢 バレンタインというものは、恐怖の行事だ、と思う。 そう、文字通り、言葉通り。恐怖の。 小さい頃は良かった。 何をするにも、“二人一緒”“二人で半分”。 与えられるもの全てが、“二人のもの”だった頃は、バレンタインだって、クリスマス、誕生日、正月と並ぶ一大行事だったはず。 それが、いつからか、二人で半分どころか、“一也の分”が俺の分の二倍も三倍にもなりだしたのは、一体いくつの時だっただろうか。 2月14日。 抱えきれないほどのチョコレートと共に帰宅した一也に、「これ、一也君に渡して欲しいの。」と差し出されたチョコレートを配達させられた恨みは忘れない。 「ごめん、苗字一緒だから間違えちゃった。栄純君じゃないほうなの。」とどっかの芸人も涙しそうなことを言われながら謝られた恨みも、忘れはしない。 バレンタインは、俺の敵だ。 「ふっふっふ……!」 「何…栄純、気持ち悪い。」 「ついに今年も、メーデーがやって来たか…。」 「それ、意味分かってつかってるか?」 「だが!!今年の俺は一味違う。残念だったな!一也!!」 「なぁ、うるさい。テレビ聴こえねぇ。」 バンッとテレビとは逆側の壁にかけられているカレンダーを平手で強く叩く。 それに流石に振りむいた一也が、それを見て首を傾げた。 「…カレンダー?」 「そう!2月!そして14日!!」 「…が、どうかした。」 「2月14日!土曜日!!そう!土曜日!!」 「だから、単語じゃなくて、言葉でしゃべってもらえます?」 「今年のバレンタインデーは、土曜日だ、一也!残念だが、お前は今年、チョコレートを貰うことは出来ない!!どうだ!まいったか!わははは!」 得意げになって、思わず腰に手を当てて踏ん反りかえる。 ははは!一也みてぇに高笑いまで飛び出ししまったぜ。 そんな俺を、なぜか妙に憐れむような目で見て来る一也。 …む? 「別に…どーでもいーし。バレンタインとか。キョーミねーもん。」 「んなぁ!?」 「大体、寧ろ休みの方が助かる。疲れるし。」 「………今お前は、全国の男子生徒と俺を、一瞬で敵に回した…。」 しれっと言ってのける一也の、なんて憎たらしいこと。 まるで、明日の天気の話でもしているかのように、華麗に聞き流されれば、俺の中で何かがキレた。 わなわなと、体が震える。 「お前…いつかぜってーに痛い目みるぞ…!!」 「んー。」 「や、闇討ちとかされても、助けてやんねーんだからな!!」 「あ、そう。」 「ほ、ほんとだからな!?」 「いーよ、別に…。…別に怖くねーし。」 「な、なななななな!」 バレンタインの男は、今日の草食系ブームもびっくりなくらいの怖さを持っていることを、一也は知らねぇのか。 敵と見なされれば最後、妙な団結力を見せるあの怖さを、知らねぇのか。 「…屈強な男の集団が怖くない、だ、って…!?」 「まぁ…。…っつーかさ。」 「む!?」 「俺にとって怖いのは寧ろ、“大勢”より“一人”のほうだから。」 「…何かの哲学ですか。」 「平和な頭してんな…。」 はぁ、と一也が一つため息をつく。 俺の頭には、疑問符が浮かぶ。 じと、っと見て来る瞳に気付いて、小さく首を傾げた。 「…お前と俺じゃ、重さがちげーんだよ。」 「…?体重測定…」 「の話じゃねーから。」 「…一也はたまに、すげぇ難しいこと言うよな。」 「…栄純はいつも、すげぇバカのことばっか言うよな。」 「なんだと!!」 「…ちげぇんだよ。重さが。」 「んう?」 「チョコレート1つの。」 …………チョコレート? 渋い顔で、苦笑を張り付ける一也の顔から、はあっとまた一つため息が漏れた。 「やっぱお前って、ほんとバカだな。」 なにおう。 …というか、人にバカバカ言うなよ。仮にも双子だぞ。片割れだぞ。悔しくないのか。 DNAが半分同じなんだぞ…!…ん?DNAは違うか。…よくわかんね。 「バカじゃねーよ!!」 「いーよ、栄純はそのまま。バカのままで。」 「だから!バカって言うな!!」 ぽんぽんと、子供をあやすように頭を叩かれた。 …こんなときに変に兄貴面しやがって…。くそう、むかつく。一也め。 「…本当のバレンタインの怖さは、そんな簡単なもんじゃねーんだよ。」 お分かり?と、再び子供扱いされるような動作に大声を上げて、その次の瞬間、兄弟喧嘩のゴングが鳴った。 「つーかさ。」 「…あ?」 「その日、補講日だから、学校あるけど。」 「は?」 「土曜日。」 「…!?」 「ざーんねんでした。」 「うあああああ俺のユートピアあああああ!」 [TOP] |