* アイドルユニット御沢 【アンケート9位】 「可愛い系アイドル…。」 「は?」 ペラッと持っていた雑誌をめくった沢村が、妙に不機嫌な顔を目の前のデカイ鏡に映しながら突然そう呟いた。 さっきまで一人無言で雑誌をペラペラめくってたから、俺は俺で暇つぶしに携帯でニュースチェックしながらぼけっとしてたんだけど、沢村の呟きが妙にはっきり聞こえて、思わず反応して顔を向けた。 そこにはなぜか、椅子の上に体育座りする沢村。…靴椅子に上げたら後で叱られんぞ。 楽屋は皆の共有物、って。 「コレだ!コレ!!」 「…あ?…って、ああなんだ。珍しく何見てんのかと思ったら、今月号の特集か。」 「そう!さっき貰った!」 「何、沢村。自分のインタビューチェックしてんの?見かけに寄らずこまか…」 「ちがう!!」 ダンッと沢村が大きく音を立てて雑誌をテーブルの上に置けば、近くにあったメイク道具がガタンと音を立てて揺れた。 …メイク道具ひっくり返したら、メイクさんに怒られんぞ。 しかも今日のメイクは白河なんだから、怒られるとかそういうレベルじゃない。沢村。悪いこと言わないから落ち付け、と言おうとしたら、思いっきり俺の方に雑誌をスライドされた。…もう何かあったら全部沢村のせいにしよう。そうしよう。 「…?これがどうかしたわけ?」 「コレ!!ココ見ろ、ココ!!」 「…“今話題のアイドルユニット、御幸一也と沢村栄純に迫る”…なんだよ、別になんもねぇじゃん…。」 「その下!!よく見ろ、下!!」 「下ぁ?えー…、“クールな顔の下に隠された御幸一也の本心を暴く”…なんだこれ、相変わらず大層なキャッチついてんなァ…。」 「そこじゃねーよ!!その隣!!」 沢村が何度も何度もキャンキャン騒ぐ。 …あんまり煩くしてると、しまいには隣から苦情来んぞ。まぁ俺はもう全部沢村のせいにするつもりでいるから何でもいいけども。 「“可愛い系アイドル代表の沢村栄純はー”…」 「そこ!!」 「は?」 「それ!そこ!可愛いって何だ!可愛いって!!」 憤慨した様子の沢村が、パイプイスの座席部分を掴んでガッタガッタ揺らす。 怒ってるらしいけど、俺にはなんか子供が癇癪起こしてるようにしか見えない。 「なんで、御幸はクールとかかっこいいとか!そういう言葉がつくのに!!俺にはいつまでたっても“可愛い”なんだよ!!意味わかんねぇえええ!」 地団駄、という言葉がとっても相応しい様子で沢村が叫ぶ。 椅子を揺らす度、体が、全身が、ゆさゆさ揺れて、その振動で周りも巻き込まれる。思わず開いていた携帯は、机に置かずにポケットに突っ込んだ。 「いいじゃん、別に。なに、気にしてんの?」 「だって!だってさ!!ほら、やっぱり、男として、だな!」 うーうー言いながら不満を垂れる様子は、 (どう考えても、可愛い、だろ。) 男として、とか言うのならまずそういう言動をどうにかしたらいいんじゃねぇのと思うけど、見てておもしれぇその反応を直されるのもちょっとつまらないので、お口チャック。 年の割に真っ黒なつぶらな瞳も、いつまでも幼さが抜けない顔も、そして見た目の予想を裏切らない言葉や行動も、どこをとっても、沢村に似合う代名詞は誰がどう見ても“可愛い”で間違いない。 寧ろそれ以外の方が違和感。 「…沢村にクールとか、カッコイイとか付けられた日には、大雪降るわ。」 「ぬ!俺の故郷はいつでも大雪降るけど!」 「…そういう意味じゃねぇし。」 「…??」 そっか、こいつバカだった。 なんかいろいろと面倒だから、こういうときの沢村はもう宥めてしまうのがベスト。長年一緒にいりゃ、それくらいの対処法は身についてる。 「あのさ、沢村。」 「おう。」 「…俺ら二人って、結構対称じゃん?」 「……そうか?」 「ほら、結構好きなもんだって違うし、性格だって違うだろ。俺は結構考えてから動く派だけど、お前は、…こう、…考える前に一直線って感じだし。」 (っつーか、バカっていうか、バカなんだけど。) なるべく刺激しないような言い方を取捨選択しつつ穏やかな声音で問いかければ、まるで言う事を聞かされている犬みたいに首を傾げた沢村が、んー…?と呟いた後、それでも幾分か納得したように頷いた。 「そうかも。」 「…そうだろ。」 「…で?だから何?」 「だからさ、俺らはそういう、二人とも違うってところがいいんじゃねぇの?わかんねぇけど。」 「違うから、いい?」 「だって、同じようなキャラが二人集まってても、面白くねぇじゃん。だから、お前は必然的にそういう担当になるだけで、別に女の子みたいにカワイイって思ってるわけじゃねぇって。」 な?そういう仕事だろ。 スライドされた雑誌をご丁寧に返してやれば、案の定難しい顔をしてた沢村の顔が、少しだけ解けてた。 こういうとこ、単純で助かる。コイツ。 「…そっか。…そうだよな!俺らこれが仕事だもんな!」 「そうそう。沢村のそういうとこ、俺はオトコラシーと思うぜ?」 「ふははは!だろ?そうだろ?そう、本来なら俺は男らしい男だけど、今は仕事だから仕方ない!俺は出来る男だから仕方ねーな!うん!」 …でもあんまり調子のられるのもなんだか微妙なので。 良い感じになってる沢村を横目に立ちあがると、沢村の座る椅子の後ろに回り込んでその顔に影を落とした。 「お?」 「まぁそれにさ。」 「んん?」 首だけ真上を向けた沢村の、不思議そうな両目に、俺の顔が映る。 「…夜の仕事も、お前はやっぱり“可愛い担当”だし?」 くすりと笑って囁いてから、見開かれた瞳に吸いこまれるように、かぷりと鼻先に噛みついた。 「ってぇええ!」 そんな強く噛んだつもりねぇのに、大声あげた沢村が思いっきり飛び退く。 あっと思った瞬間に思いっきり動いた沢村の体が机の上を大きく揺らす。 そしてその上には、 「あ、」 思わず、声が出た。 え?と沢村が反応するより前に、大きく響く、ガシャーンッという何かが落ちる盛大な音。 その瞬間、バタバタと廊下から音が聴こえて来たかと思ったら、突然開かれた楽屋の扉に居たのは。 「白河。」 思わず名前を呼んだら、今まで特になんの表情も浮かんで無かった(ように見える。でもどうやら慌ててきたらしい)白河が、俺と沢村、そして机の上から床に散らばったメイクボックスを順番に見て、一瞬にしてその顔に、何かが宿った。 「…どういうことか、説明してくれるんだよね?」 「ひい!」 「あー…。」 楽屋の中が一瞬にして北極もびっくりなほど吹雪が吹き荒れた。 これ、終わったかも。 本番まであと30分もねーのにな。 ガタガタ震えだす沢村の横で、俺がため息をついた瞬間、それはもう氷点下もメーターふっきれるほど冷たい笑みを浮かべた白河の雷が綺麗に綺麗に狭い楽屋に直撃した。 ………だから、騒ぐと怒られるって言ったのに。 [TOP] |