沢村は、汚れない。 どこまでも、他の何モノも入りこむ隙間もないくらい俺色にしたいのに。 全部、どこまでも、染め切ってやりたいと思うのに。 沢村は、汚れない。 いつまでたっても、一色のまま。 染み一つ、残ることなく。 「ん…、」 横で沢村が寝返りを打つ度に、布団が引きずられる。 そのまま放っておくといつの間にか俺の分まで全部奪われてしまうから、緩く引っ張って何とか弾きとめると、またもぞもぞと沢村が動いた。 寝てる時ですらじっと出来ないのかと、丸まっていく様子を見ながら少しだけ息を吐いて笑う。 「…アホ面。」 よく分からないけども、なぜか寄せられた両眉に、少しだけ尖った唇。 機嫌の悪そうな寝顔。妙な夢でも見てるのか。…それとも寝る前の行為のせいか。歪んだ顔が妙に目に付いた。 まだ部屋も薄暗いけれど、少しずつ空が白んで来ているのがカーテンの隙間から分かる。 何だか寝るタイミングを逃してしまったせいで、今日は結果徹夜だ。 横でスヤスヤ眠る沢村の寝顔を見ながら、せめてもと、体だけは横たえた。 耳元に、規則正しい寝息が聞こえて来て、柔らかく耳を擽る。 贅沢な子守唄に小さく微笑めば、そのまま視線を沢村から天井へとゆっくりと映した。 視界を遮る透明なガラスが無ければ、ぼやりと歪む天井。元々暗闇の中だからぼんやりとしか見えないけども。 ふいに右手を宙に伸ばしてみれば、空間と手の境界線がじわりとぼやける。 さっきまで、 ほんのさっきまで、柔らかい肌を滑らせていたこの手は、沢村にとって一体どう見えるんだろうか。 触れる度に漏れる声も、反応も、全部、良いように解釈して取ってしまっているけれど、いつも強いる行為の沢村への負担はきっと計り知れない。 受け身になんてなったことねぇから、わかんねーけど。 どれだけ体を重ねても、馴染むこと無いこの体。 それは沢村も男で、俺も男で、それだけはこれから先変わることもないこと。 だからそんなことで、悩む事も無い。沢村を選んで、沢村が俺を選んだ日に、そんな迷いは全部置いて来た。 だけど、時折小さく心の隅に陰りをともす、不安と言うには曖昧な、小さなどこか複雑な感情。 そっと、伸ばした手を横に下ろす。 温かい体。触れたところから、愛おしいと思う体。 「…何度俺に汚されても、お前はいつまでも変わんねーな。」 らしくない、そんな言葉。 沢村が寝てるから言えること。起きたらまたきっと、いつも通り軽口をたたき合う、そんな関係。 (こんな俺の、) (醜い感情なんてお前には到底見せられねぇけど。) 弱さと言うには黒過ぎる感情を持て余して、誤魔化すように拳を握った。 瞬間、沢村の体がまた、小さく動いた。 「…早く、俺の色に染まればいいのに。」 それで、見る人全部、お前が俺のモンだって分かればいいのに。 「…ま、そんなの無理だって分かってるけどな。」 大人しく手を引っこめて、目を閉じる。 そろそろ夜が明ける。本当に寝るタイミングを逃してしまった。でも、全く寝ないのと少しでも休むことには雲泥の差があることは重々承知しているから。 だから、小さく息を吐いて、目を閉じた。 途端にまどろむ睡魔が全身を包む。 (バカな俺は今日も、バカなことを考えることしか出来ねぇわけだ。) 愛してるの上にはどうして言葉が無いのかなんて、そんな。 持て余す感情に蓋をするように、吐きだした息が夜の闇に溶けるのを感じながら、意識を手放した。 「…ばっかだな、ぁ…。」 思わず鼻を吸ったら、ぐすっと小さく音がした。 …タヌキ寝入りはどうやら、ばれていないよう。 「…汚れる、なんて、」 そんなこと。 手を伸ばして触れたら、きっと起きてしまう。だから諦めて仕方なく布団の中で拳を握った。 「…ばかだよ、御幸。本当に。」 俺は汚れないわけでも。 染まらないわけでもなくて。 「もうとっくに、俺はお前で一色なんだぜ、バカ御幸。」 だから気付かないってことに。 「早く気付け、バーカ。」 そう小さく呟いた声に、朝日がゆっくりと差し込むのが重なって、部屋の中に溶けていった。 [TOP] |