* 年下御幸×先輩沢村 報われない、ということは、自覚した時から気付いてた。 初恋は実らないっていうけど、別に俺はこれが初恋と言うわけでもなく。 今まで、あれが恋というのかどうかは分からないけど、それなりに色々と経験も思い出もある。 とにかく、初恋ではない。高校1年生にもなって、そんな。 なのに。 (基本的に、実る恋の方が少ねぇっつーの。) 初恋は、なんて言った奴出てこい。 心の中の自分の呟きに、小さなため息が混じった。 我ながら、やって来る春の温かい風邪すら吹き飛ばしてしまいそうなくらいの、ネガティブ思考。 少し肌寒く感じるのは、薄着ゆえか。それとも別の理由からか。 震わせた体を、持て余す。 夜の静けさが、逆に俺の体の中に熱量を落としていく。 「…さっむ…。」 なんて、別にそこまで寒くねぇけど。 独り言。 虚しく落ちる夜半の帳の中。 小さく漏れた、自嘲に近い笑み。 すると、独り言だったはずのそれは、思わぬところから返って来た声に拾われた。 「なーにしてんの?御幸!」 「…沢村センパイ?」 「どしたの。買い出し?」 「いや、…散歩です。」 「ふうん。」 突然声をかけてきたのは、よく見知ったセンパイだった。 珍しい。…って、別に珍しくもないか。 1つ上のセンパイに、寮の近くで会う確率…しかも同じ部活の寮生なんだから、そんなに珍しい事でもない。 「沢村先輩は、」 「俺?…俺は、…買い出し?」 ああ、パシリですか、と聞けば、ちげーよって返ってきたけど、先輩の持っている袋はどう考えても一人分の量ではなかった。 俺の目線に気付いたのか、慌てたようにその袋を隠すけど、…正直もう遅い。 持ちましょうか、と言おうと思ったけど、なんだかバツの悪そうな顔をしてる沢村センパイの顔を見て、ぴたりと止まる。 (そうだ、この人こういうの結構気にすんだよな。) 先輩とか、後輩とか。 恩とか義理とか。 ちょっとだけ古風なところがある。まぁそういうとこも、良いところではあるんだけど。 「…パシられてやってもいいですよ?」 「は?」 「荷物持ち。…暇なんでー。俺。」 ぽかん。 まるで豆鉄砲食らった鳩みてぇな顔、って言葉がぴったりな表情を浮かべる沢村先輩から、半ば強制的に荷物を奪い取った。 それがまた、めちゃくちゃ重い。…何これ。 案外腕っ節の強さを改めて感じて、さすが投手、と思ったのは内緒だ。 「御幸、って…。」 どこか呆然として自体が飲み込めていなかったような沢村さんが、ぽつりと呟く。 「ん?」 「もしかして…すっげぇマゾなの…?」 「ぶはっ!?なんすか、それ…!」 「だ、だって、突然、こんな…!」 「…先輩は敬うべきだって、習っただけですよ。」 歩く俺の隣を、ひょこひょこついて来る沢村先輩の顔はどこか申し訳なさそうで、時折荷物に視線が落ちる。 それをへらりと笑ってかわせば、沢村先輩もまた、嬉しそうに破顔した。 「いいのか?俺、なんもしてやれねぇけど。」 「善意に見返りは求めてませんし。」 「…お前って良いやつだったんだな…。」 「なんですかそれ。今まで悪いやつだったみたいに…。」 「悪いやつとは思ってねぇけど、性格歪んでんな!とは思ってた。」 「……。」 楽しそうに笑う先輩の口から漏れる言葉は結構容赦ない。 (…まぁいいけど。…つーか、かわいー顔しちゃって、サァ…。) 今が暗くてよかったな、と思う。 だって今すげぇ変な顔してる。絶対すげぇ変な顔してる。 「あのさ、御幸!」 「なんですか?」 「…さんきゅ、な!」 「………どういたしまして。」 (生殺しってこういうことか。) とりあえず、袋を抱えた手に力を込めて、小さくばれないようにため息をついた。 …本当、無自覚って罪。 (別に見返りなんか求めてねぇけど、沢村先輩のその顔だけで、お釣りくるくらい幸せになるんですよ、なんて言ったらアンタはどんな顔すんのかね。) …言わねーけど。 とりあえず、今は、まだ。 もう一度覗き見た沢村先輩の顔が、暗くてあんまりよく見えなかったから、やっぱりもう少し明るかったらよかったなとちょっとだけ残念な気持ちになったのを隠すように、月明かりを探して空を見上げた。 そんな、夜。 [TOP] |