40days 御沢祭 | ナノ
24days 御沢祭
LOVE! LOVE!!LOVE!!!
11.02.20〜11.03.30までは御沢の日!40本御沢!
御沢も皆も大好きです!




mixing(中)



独特の、鼻をつく香りが充満する部屋。
その生々しさに、眉を潜める。


散乱する衣服、音一つしない室内
思う存分欲を吐きだしたはずなのに、なぜか随分と体が重く感じた。

ぐらり。
頭が揺れる。ガンガンと嫌な頭痛が、全体に鈍痛を広げていく。


(俺は、何を、した?)


数十分前。
カッとなって組み敷いた体は、だれの。

だれのもの、だった。



「ん、ん…。」



背後でガタンと音がして、くぐもった声が漏れる。
思わず呆然と立ちすくんだまま空間を見ていた視線が、一瞬でそちらに意識と一緒に集まった。



広い教室の中、異質に広がる一部分、量産された机が並べられた、狭い空間。
互いの息遣いだけが響く。吸った息は、どちらのものだったか。




「さわむ、ら、」




全部声にする前に、遮られた。
沢村の、弱弱しい、けれど強い、声に。


何も映していないのに、涙も流れて無いのに。




「ごめん、みゆき…。」




小さな小さな声だったのに。
なんの抑揚もない声だったのに。




泣き声見たいに、聴こえたそれに























“誰か”に対して一番初めに抱くのは、純粋なる興味。
ただ俺は、どうも執着心ってのが薄いみたいで。つーか世の中さ、おもしれぇモンが多すぎんだよなぁ。
どうせなら、出来る限り、いろんなことがシてぇし、いろんなモンを見てみたい。
そんな欲求に、俺はちょっと人より従順で、だからその分、酷く移り気だった。一応自覚はある。
いい加減にしろと倉持あたりは昔から俺を叱ってくれたけど、俺が“どうしようもない”ことに気付くと、それすら無くなった。
俺が、手に入れたのは、自由。
けれど、軽くなった分だけ、なぜか妙な空虚感に襲われるようになったのも、その頃だ。


『ねぇ、一也。一也は私のどこが好き?』


多分それは、どこにでもある恋人同士の、なんてことのない愛のやりとり。
いつだったっか、何人前の、何人目の彼女だったのかはもう忘れたけど、そう聞かれた時に、唐突に気付いてしまった。



(好き、って。)

  (なんだ?)



その時は多分、適当にはぐらかした。
確か、最低となじられはしたけど、俺だって結構衝撃だったんだぜ。だって、その時分かってしまったから。

俺は確かに、おもしれぇもんは何でも好き。
おもしれぇやつも、みんな好き。
俺を楽しませてくれるやつは、みんなが好き。

それは、みんな、同じくらい。 平等、に。

その時、気付いた。




ああ    俺って
   誰のことも  特別 に  想えない




『アンタって可哀想なやつだよな。』


誰かの声が、リフレインする。
…誰の?
怪我なんかしてねぇのに、そのせいで体の奥からドロリと何かが流れような、気がした。
















ごめんなさい。
顔を背けた背中から、頼りない声が聴こえた。
そのあまりの弱弱しさに、最初はだれの声か全然分からなかった。
だってそれは、初めて聞く音。
ごめんなさい、もう一度聴こえた、声。

風でも吹けば、掻き消えてしまいそうな脆弱性を孕んだその声の主は、確認するまでもなく、当たり前に沢村だ。
だってここには。
今この部屋には、俺を沢村の二人だけ。
けれどそれはその事実が無ければ、見失ってしまいそうなくらい、初めて聞く声だった。

(お前はそんな風に謝るようなヤツじゃねぇだろ…、沢村…。)

けれどそうさせてるのは、紛れもなく。

(俺、)


頭がズキリと痛む。
ドロドロ体の中で何かが溶けて、全身の毛穴から流れ出てしまいそうだ。
嫌悪感で、吐きそう。
そうだ、これは、
全身を襲うこれは、嫌悪。

他の誰でもない、自分自身への、明らかな嫌悪。

思わず、口元を手で覆う。

するとそれを見た沢村が一瞬ビクリと体を震わせた痕、ふっと笑って、ごめん、ともう一度小さく謝罪の言葉を告げた。
それを聞いて思わずカッとなって、近くにあった机を叩きつける。
じわりと、痛みが温度になって、殴った場所から全身に広がった。


「なんで、お前が謝ってんだよ…。」
「だって、」
「だってじゃねぇだろ!?」
「…っ、」
「謝るのは!謝らなきゃなんねぇことしたのは!」



お前を。
嫌がる沢村を力で抑え込んで、その体を汚したのは。


「俺だろ…っ」


振りむいた先、机から体を起こした沢村は、さっきまで流してた涙でぐしゃぐしゃになった顔に、乱れた衣服を纏って。








なんだか、
笑っているように、
    見えた。











沢村から向けられる“好意”の種類に気付いたのは、もうそんなに最近のことでもなかったと思う。
いつだったのかすら思い出せない。そんな頃。
最初は、妙に目線感じんなァ、と思うくらい。
沢村は、捕手としての俺にすげぇ執着してたから(まぁ、あいつの入学理由が“あの日”で、俺だってんなら、何となく気持ちも分かったけど)そのせいかとも思った。それくらい簡単に考えてた。


だけど。


クリス先輩に犬みたいになついて、倉持に可愛がられて、自然に人の輪を作りだすあいつに、俺が存在理由でなくなっても、沢村からの妙な感覚は変わることなく、寧ろ強くなるばかりだった。
沢村の世界が広がる度に、更に強く、感じるようになった。

それは、エースとしての貪欲さとは違う。
もっと、別の。
もっと熱を孕んだ、何か。

気付いたのは、そうだ。
俺を好きだと告げる女に、その鮮やかな黒髪が重なって見えた時だ。
気付いたのは、その時。
沢村は、多分。
いや、間違いなく、俺のことを、ソウイウ目で見てる。

答えが出れば、見返してみればそれは随分と簡単な方程式の過程だった。
けれど、当の俺はやっぱり、そこに何の感慨も、感情も浮かばず。
去っていく背中を追いかけることすらしなかった何人もの“彼女”にも抱けなかったのと同じ。
空っぽな感覚。
そこには感情なんて存在せず、1つの事実認識しかなかった。
そして、気付く。

自分が、おかしいことに。
自分の中に、何もないことに。

空っぽな自分に気付くのは、想像以上の恐怖だった。

世界から、切り離される感覚。
かわいそう、 そうだ、そう言ったのは沢村だ。
けれど正確に言うなら、この感情は、



     強烈な、恐怖。











『ねぇ私、一也のことが好き。』
『アンタなんか…好きじゃない…!』


何度も聞いた、愛のセリフ。

皆、俺を好きだと言った。
けれどその意味は、分からなかった。

沢村は、俺を好きじゃないと言った。
けれどその意味は、

その意味は、痛いくらいに、よく分かった。






「ごめん、みゆき…。」


ぽつり、と。沢村が呟きを落とす。
それに思わず驚いたのは、俺だ。


「だから…!」


なんで、沢村が謝るんだ。
感情に任せて、我を忘れて、暴走したのは、俺なのに。


「悪いのは、」
「俺だよ。」
「沢村、」
「俺が、いけなかったんだ。変な期待をして、御幸に迷惑をかけた。」
「さわむら、」
「御幸、」
「沢村俺は、」
「御幸先輩。」
「さわむ、」
「…アンタが気付いてるなんて、思わなかったから。だから、甘えた。ごめん。もっと早く、もっと早く、諦めるべきだった。」


ビクリ。
また小さく、体が震える。


「沢村…。」
「御幸先輩ごめんなさい。全部俺が悪かった。謝ります。だから。」




それは、明らかな、恐怖。
音が全部喉に張り付いて、声にならなかった。





「―――俺は、アンタのことが、」






自分の手で引き裂いて。
怪我して壊して、

傷つけて


それから気付いた



壊してはじめて、






恐怖は、
俺の弱さそのものなんだってことに







はじめて、気付いた。






「アンタのことが、好きでした。」


それは、死刑宣告にも似た。










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