mixingの続きです。 ほんのちょっとだけ未来の二人のお話。 そして、物語には常に続きがある。 ガラスの靴によって再び道を重ねたシンデレラと王子様の物語は、幸せな結婚で終わるけれど、実際には二人の物語はそこから始まるのだ。 100年の眠りから覚めた眠り姫の“100年後”の物語も、眠りが覚めてからが本当の始まり。 語り人が、フィナーレを詠っても、聞き手が本を閉じても。 登場人物の物語はゴールの無い永遠の、ダカーポ。 カンカン、カン…カツンッ、 小刻みに音を立てて、等差に続く階段を上る。 床を蹴る度にリノリウムが急キュッキュと音を立てて、静かな校内に響いた。 ガンッ、と響く大音量。 少しだけ建てつけの悪いドアは、毎回毎回開く度に恐ろしい音を立てるけれど、今まで何度沢村がタックルに等しい勢いで突入しても、壊れたことはないから(まぁ壊れて貰ったらそれはそれで困るんだけど)、見た目よりも強度には定評がある。 そのドアを、やはり今日も、体当たりに近い勢いで開いた。 数秒後、遅れて到達した太陽の光に少しだけ目を細める。てっぺんに近い少しだけ攻撃的な真っ白な光に一瞬目を細めて、少しだけ頭を振った後、軽い足取りでひらりと外と中の境界線を踏み越えた。 「御幸!」 照りつける太陽、流れる風が頬を撫でる。 叫んだ名前が空気に浸透して自然に伸びて行く。届いた先には、もう見知った顔が、俺の声に振りかえって、細められた目が見えた。 軽かった足取りが、更にふわりと空に浮かぶ。 「…お前さ、そんなバタバタ走ってこけたらどーすんの?」 呆れたような御幸の声が聴こえて、小さく笑う。 するとそれにつられて、御幸も表情を緩めた。 走ってきたから、少しだけ乱れた呼吸を肩で息することで整えて、はぁ…と息を吐いたらまた笑われた。 「…こけぇねっつーの。」 「どうだか。この前階段から落っこちそうになってたの、もう忘れた?」 「あ、あれは!!偶然!しかも着地したし!」 「それは結果だろ。」 「結果が全て!」 「…言うねぇ。」 そう広くもない屋上をぐるりと囲むフェンスにもたれていた御幸の横をすり抜けて、ガシャンと音を立てて金具を掴む。 グラウンドを眼下に見下ろす風景は、いつもと何ら変わりない。 遠くで沢山の声が聴こえた。背後では、ドアの向こうからがやがやと音がする。 もうすぐ終わりを告げる昼休み。人の移動が激しくなっているのか、慌ただしく流れる空気の中、まるで世界からすっぽり切り取られてしまったかのように錯覚するほど、穏やかな時間が二人の間には流れていた。 「昼飯は?」 「食って来た。」 「あっそ。」 「おー。」 「…午後は?」 「……どうせ午後一は居ても寝るし。」 「優等生の中の優等生はどうしたよ。」 「お前だって簡単にサボりまくってんじゃねーよ。」 隣にいた御幸の手が伸びてきて、ぐしゃりと頭を撫でる。それを思いっきり振り払うと、簡単に逃げて行く手をひらりと振って、肩をすくめた御幸が隣で笑った。 横目でそれを軽くチラリと見た後に、視線をグラウンドに落とせば、少しずつ校内に戻っていく人の流れがはっきりと遠くに見える。 時計は見えないけれど、もうそろそろ昼休みも終わるんだろう。 どちらも、何も言わない時間が流れる。 「沢村さァ。」 「んー?」 喧騒をBGMに、小さく落ちる呟き。 反射的に返した言葉に合わせて大きく体を伸ばしたら、短い言葉を発した御幸の手が、再び沢村の頭に触れた。 「……お暇なら、ご一緒しません?」 記憶を掠める、またもや端的なセリフ。 (……つーか、そのために来たんだっつーの。) 背後で、さっき開いたドアが小さく揺れて、キィっと音を立てる。 今度はその手を振り払うことなく、首だけ動かして、ほんの少しだけ高いところに目線を伸ばした。 その、太陽を背負うそのひまわりに、かつて見た獰猛さはどこにも無く。 穏やかに光を灯すアンバーを見て、小さく微笑んでそれから。 「…いーっす、よ。」 暇ですし。 そういって、一歩境界線を踏み越えた。 頭上から降り注ぐ温度と、残り香ではない香りに包まれて。 遠くから、始業を告げるチャイムの音が響いた隔離された世界の中で、照らす太陽が生み出す影は。 その時、 一つだった。 それは閉じられた物語の 次のページのお話 [TOP] |