* 小児科医御幸×小児科医沢村 子供に好かれそうだなァ、と、一目見た時から思ってた。 好かれそう、っていうか。なんていうか。 (むしろ、子供そのものっていうか。) くしゅんっ。 まるで俺の心の声に賛同したみたいに、目の前で椅子をくるくる動かしながら、似合わない難しい顔でカルテと睨めっこしていた沢村が、大きなくしゃみを響かせて、鼻をぐすぐすと鳴らす。 どうやら思いっきり飛んだらしくて、白衣の袖でパソコンの画面を拭きながら辺りをキョロキョロして、ほっとしたように胸を撫で下ろしてるけども、残念ながら俺はバッチリしっかり目撃していたわけで。 じっとその様子を思わず目で追っていたら、そわそわしていた沢村の目線とかち合った。 「…な、なんだよ…。」 「あ。気付かれた。」 「…そりゃそんなガン見されたら誰だって気付くわ!!」 「そんなに見てたかなー。」 「それはもう!」 「だって沢村センセーが、一人でそわそわ証拠隠滅しようとしてる所が可愛くて可愛くて。」 にーっこりと笑って告げれば、目に見えて嫌そうに顔のパーツが中央に寄る。 尖った唇がアヒルみたいにニョキッと突き出て、そんな様子はやっぱり子供と変わらない。 熱視線だった、なんて言われれば苦笑するしかないけど(てかそんなに見てた?気付かなかった。)どちらかといえば、見てたっていうより観察してたって方が近い気がするんだけど。 不満そうな顔を残しつつも、カルテに再び向き直る沢村の眉間に寄る、似合わない皺。 後ろを姿をみても、これが自分と年の変わらない同僚だなんて言われなければ絶対に分からない。 白衣を着ていないと、外来で来た患者と区別がつかねーかもな、なんて前にからかったら死ぬほど怒りまくってたけど、その意見は今も正直変わってない。 第一印象からそのまま印象が変わらないってのもすげーよな、とどこか感心してみたり。 大学院を出てから、そのまま付属病院で知り合った沢村とは、もうかれこれ10年来の付き合いになるけど、本当一切顔が変わらない。 童顔だ童顔だと昔から思ってたけど、まさかいつまでも無変化だなんて、流石に想像してなかった。 この前も、子供の付き添いで来てた若い母親に「若そうなのに立派ですね。先生。」なんて言われて微妙な顔をしてたのを、俺は忘れない。 喜んでいいのか、悲しむべきなのか分からない、とあの日の沢村は相当荒れてた。そして何故か被害を被るのはいつも俺。 「…また見てる。」 「別に気にしなくていいのに。」 「気になんの!!」 「じゃあ別に気にしててもいいけど。」 「…何がしてぇんだよ。」 「んー?…しいて言えば、好奇心から来る医学的観察?」 「…何それ。」 「“医学的観点からみた人間の老化の謎”みてぇな。」 「………。」 俺の言葉に、妙な顔をして考え込んだ沢村が言葉を区切る。 けれど次の瞬間に何かに思いついたのか、まるで弾かれたように今まで対峙していた画面から目線を離すと、思いっきり椅子をぐるんっと勢いよく回してこっちを向いた。 「…それもしかして俺が童顔だって遠回しに言ってたりしねぇ?」 「お、ビーンゴ。」 「だああああもうマジ見んな!!ムカツク!あっち向いてろ!!」 「褒めてるのに。世の中の女性からしたら羨望の的だぜ?」 「そんな眼差しいらねぇよ!!」 ぷりぷりと効果音が付きそうなほど目に見えて怒りをあらわにする沢村をからかうのも、いつもこと。 それにしても、顔もさることながら、沢村は性格だって昔から何一つ変わらない。超がつくほど真っ直ぐで、超がつくほど馬鹿…、いや、馬鹿正直で。 喜怒哀楽が顔に出るところも、何もかも。…こういうところが更に子供っぽく見せてるってことに気付いてんだろうか。…いや、絶対無意識だな。 「いいじゃん、子供に怖がられる顔してるよりは。」 「…それは…そうだけど…。でも…。」 はぁ…と沢村のため息が響く。どうやら相当気にしてるらしい。 (そこまで気にしなくてもいいのに、と思うんだけども。) 「“沢村センセー大好きー”。」 「は?」 「“沢村センセー優しい”“沢村センセー注射の時も優しいから安心する”“沢村センセーに我慢できて俺に出来ねーわけねーし!”」 「…なんですか。御幸センセー。壊れたんですか。」 「子供らが言ってたんだよ。あいつらいっつも、沢村先生沢村先生煩くて煩くて。」 「え。」 「そんだけ好かれてるってことじゃん。顔どうこうよりも、そこ誇ってればいいんじゃねーの?」 「え、…え、…?」 予想外のことだったのか、目を見開いた沢村が、口をパクパク金魚みたいに開閉させる。 沢村は優秀な小児科医だし、子供たちからの人望も厚いから、言われ慣れてるだろうに。 しばらくして俯いた顔がちょっと赤くて「そっか…」なんて呟く様は、妙に可愛らしい、…なんて感じてしまったりして。 三十路も過ぎた良い大人の男に。…夜勤続きでこりゃ相当疲れてんな、俺。 (…疲れから来てるだけってわけじゃなさそうなのが、問題っちゃ問題だけど。) 心の中で少しだけ笑って、再びカルテとのにらめっこを開始してた沢村の顔が少しだけ緩んでるのを見て、単純なやつ、と笑う。 くしゅっ、とさっきより軽めのくしゃみが聴こえて、そういえば沢村もここのところ忙しそうだったな、と思いだす。 医者なんてやってる限り、睡眠不足や疲労なんてつきものだけど、だからといって医者の不養生が許されることもない。 「前も言ったけど。」 「んあ?」 「風邪引いたら俺が責任もってみてあげるから、他の病院行かずにココ来いよ。」 俺に心配されてると分かったのか、珍しいものを見るような目で沢村が見て来る。 それをゆっくりと見つめながら、ニィ、と口角を上げた。 「…小児科外来に、顔パスで通れるように受付の春乃ちゃんに頼んどいてやるから。」 結局、俺のこの一言が逆鱗に触れた沢村が、その辺にあるもの適当に投げつけては部屋の中を荒らすもんだから。 弾みで触れたらしいパソコンの画面が一瞬にして消えて、いままで書いてたカルテが全部ぶっ飛んだ沢村が雄叫びに近い奇声を発するまで攻防は続いて。 終いには連帯責任ってことで、その日は仲良く病院にお泊りすることになるんだけども。 …次の日、シェーバー忘れて、やべーなーって鏡の前でコンビニに走ることを決意してる俺の横にやってきた仮眠明けの沢村の妙に艶やかな卵肌を見て噴き出した瞬間に、第二ラウンドのゴングが鳴ったことは、言うまでもない。 [TOP] |