見据えた先に見えるのは、ただ暗く深く、どこに繋がっているのか分からないような暗闇。 月明かりすら空に灯さない純粋な黒色。 それは、いつも見ている漆黒と同じくらい綺麗な色だというのに、今は酷く冷たく見えた。 吸い込まれそうな、そして吸い込まれたらに度と戻って来ることが出来なさそうな、そんな狂気すら含んだような黒を、そういえば俺はよく知っている。 (ああそうか、黒は、沢村の色だ。) 純粋で、何色にも染まらない。 けれどその純粋さは、確かに、確実に、周りを染め上げる。 夜の雲に隠される太陽とは違って、その光は全身に漆黒を纏っても陰ることは無く。 (…いや、違うか。) 陰っても光り続けてるんだ。ただ、純粋に。 そうであることが当然であるかのように。 嫌でも人を引き付ける、その光。 元々人は、暗闇の中から一筋の光を目指して手を伸ばす、動物なのだから。 惹かれるのは、いわば必然だ。 そして俺もきっと、本当ならそんな大勢の中の一人でしかない。 「…罪な男だよ、本当に。」 「んあ?」 「沢村は、罪な男だなと思って。」 「…突然意味がワカリマセンが。」 「分からなくていいけど。…あーあ、本当俺って苦労性。」 「お前がそれを言うのか…!?」 何をそんな目を見開いていらっしゃるんでしょうか。 …いつか零れるんじゃねぇの。それ。 「おいおい、俺だって、上手くいかなくて悩む時だってあるぜ?」 「明日は雪か…いや、オーロラか。」 「へえ。南極に逃避行でもする?」 愛のね。 冗談の色を強めて投げかけた俺の言葉にバタバタする沢村を見て笑う。 オーロラ、なんて。 日本どころか、そりゃ世界もびっくりだ。 今日も相変わらずただのバカ。 こういう単細胞は、元々俺の好みとは程遠かったがするんだけど。全く、いつの間にこんなことになったのやら。 「ほんと、お前って罪なオトコ。」 吸い込まれて、捕らわれて、抜けだせない。 しかも問題は、そう感じるのが俺一人じゃないってこと。 「……空が、独占出来ればいいのに。」 敵わない願いを口にしてしまうほど、狂気にあてられて狂った歯車は、今日も音を立てて周り続ける。 思わずおかしくなって笑みを零せば、それすら静かに、不思議そうに丸められる黒の中に消えた。 「…熱でもあんの?」 ふ、と、真面目そうに深められた栄純の顔が見えないように、その手を引っ張って腕の中に抱きこんだ。 空も、太陽も月も、手に入れられないならせめて。 目の前のたった1つだけでも離さないように、抱きしめた体を強く強く離さないとでも言わんばかりに、腕の中に閉じ込める。 開かれた瞳孔の中に、映らない俺の姿。けれど今全身で俺を感じているのは沢村だけ。そして逆もまた、然り。 そんなことに嬉しくなる自分が、なんてまぁ酷く愚かで小さな人間に見えた。 「…お前の隣にいる間は、下がりそうにねぇな。」 体の中で燻ぶる熱が、ゆっくりと上昇して沸々と音を立てて弾ける。 沢村に抱く感情は、かつて空を追い求めた過去の人類のそれに似ているだなんて、そんな壮大なことを至極当然のように考える俺の体の中で、確かに音を立てて弾けた。 [TOP] |