*居酒屋店員同士 あー…やっちまったなぁ、と思った時には既に遅かった。 全部終わって正気に戻った後に、事の重大性を悟ったけど、終わっちまったことは終わっちまったんだし、ヤっちまったことはヤっちまったってことに変わりはない。 齢20歳にして、まさかのワンナイトラブ。 それも、相手が男と来た。 なんかもういろいろ通り越してただただびっくりだ。そして残念なことに全部覚えてるってのもまた悲しいところ。 思わずあの日は逃げる見てぇに御幸さんが寝てる間に逃げたけど、結局バイト先が一緒なわけで。必然的に仕事に行けばであってしまうわけで。(救われたのはそれから4日ほどシフト被らなかったってことだけど。) いつもはピーク時に走り回る無駄に広く感じる店内が、今日は妙に狭く感じた。 しかも木曜という中途半端な曜日の夜は、いつもよりずっと人が少ない。だから、こう、望んでも無い展開も起きてしまうわけで。 (…出来ればもうちょっとだけでもいいから会いたくなかったよなぁ。) 正直傷はまだ生傷に消毒液かけるレベルなんだけども。 でもまぁ、会ってしまったもんも、また仕方がないわけだ。 妙に静かなホールの端っこ、壁際付近。御幸さんと二人きり。流れる気まずい雰囲気。 落ちるのは、沈黙。 「えーっと…。」 先に口を開いたのは、俺。 「その…この前は、…えっと、すいやせんでした…。」 「あー…。うん、俺も、ごめん。」 「あん時、お互いすげぇ酔ってましたし…まぁ、あれっすよ、ね!若気の至りっつーか…ねぇ!」 まぁ、酒の力とその場のノリで、この横のイケメンと事を致してしまったわけだ。俺ってやつは。 同僚の女の子からの視線を一身に受けるこの御幸一也って男は、もちろんバイト先ではダントツの人気を誇っていて、「一度でもイイから関係を持ちたい!!」と思ってる子が沢山いることも知ってる。 そんな、男からの嫉妬の眼でいつも見られてるこの男と。まさか。 あんなことに俺がなるなんて誰が予想したのか。 (しかもこいつ…彼女いるって噂だったのに。) だからあまり飲み会も出てこないし、出てきたとしても終電前には帰るらしい。 バイトは一緒でも学校は違うし(御幸さんは、俺よりずっと頭のいい大学の3年生なんだそうだ。)俺はなんだかんだで一緒の席に着いたのが昨日が初めてだから、どれも噂で聞くくらいなもんだけど。 彼女サンには悪いことしたなぁ…とは思うけど、合意の上だし、まず俺は男だし。痛み分けってことで許して欲しいところだ。後ろから刺されるなんてごめんだし。俺はまだ平和に生きていたい。 「その…、沢村くんは平気だった?体とか、色々。」 「まぁ…結構日も経ってますし。」 いや、正直言えば次の日は信じらんねーくらい体中ギッシギシで、昨日までほぼ使いものになりませんでしたが。 「…沢村くんって、男もイける人だったんだ。」 「っぽいっすね。初めてだったんで、なんとも…。」 「えっ、」 「え?」 「沢村くん、初めてだったの?」 「そうっすけど…?何か…?」 別に女じゃねーし、後ろ掘られたくらいでギャアギャア言うほど繊細でもねぇから、良いんだけど。(いや良くねぇかもしんねーけど、あんまもう掘り返したくないわけで。) それに、知らねぇ親父とかと酒の勢いでワンナイトラブ!とかだったらそりゃ俺もいろいろアレだったかもしれねーけど、御幸サンくらいだったら、何となく一回でもって思う女の子の気持ちもちょっと分かるような気もするし。…って、なんか俺の思考ちょっと危ない? でも、イケメンって俺の中で何か別のところにいろいろ難がありそうな気がして、ぶっちゃけあんまり関わりたくなかったってのが本音だから、俺にとってはそっちの方がいろいろと問題で。平和主義者なので。 だから今のこの状況も、実はあんまり望ましくない展開なわけだ。 「とりあえず、気にしないで忘れてください。俺も忘れますし。」 「いや、そういうわけにはいかねーだろ。」 「別にお互い様なんですし、酒の席のこと…引きずるもんじゃねーっす、よ。」 「…ふうん。そういうところは大人なんだ。」 「大人っていうか…、」 あんまり掘り返されたくないだけというか。 ふうん、と意味深な息を漏らした御幸さんが横で少し黙る。 「確かにまぁ、酒の席のことなんだけどさ…。」 何か言いたそうにしてる御幸さんを横目に見ていると、少しだけ視線が絡んだ。 この人、遊んでるって聞いてたけど…。こういうこと気にする方なのか。なんか意外。 (彼女いるくせに。) 俺のことまで気にしてくれなくてもいいのに。…なんか微妙な心境。 そんなことを考えてたら、やっぱなぁ…と呟いた御幸さんが、突然爆弾を投下した。 「でも俺、最初から沢村くんに下心があったし、気になるって。」 「は?」 「狙ってたんだよ、沢村くんのこと。飲み会よりずっと前から。」 「え?え?」 「気付かなかった?…鈍そうだもんなぁ。」 「え、は?ちょ、だって、御幸さん、彼女いるって…!」 「彼女?…いねぇけど?」 「えええええ!?」 「あ。ちょーっと仲良い子って意味なら、心当たりがなくもねぇかな。」 ニコリと浮かべられた笑みを見て確信する。 前言撤回。やっぱこの人軽いわ。噂通り。…やっぱ火の無いところに煙は立たねぇな。 「…軽い人って噂は本当だったんすね。」 「あれ。そんな噂あんの?心外だなぁ。」 「自業自得じゃねーか!!」 「あ、敬語外れたね。一歩前進だ。」 にこにこ笑う御幸さんの笑顔が真っ黒に見える。 ほら見ろ!!やっぱイケメンにロクなやつはいねぇ!! 「沢村さん、絶対ノーマルだと思ってたから、1個ステップ飛ばせて安心した。」 「お、お、俺は基本女の子が好きだっつーの!!」 「でも、男もイケるんでしょ?なら俺頑張る余地あるじゃん。あー、よかった。」 「…頭痛くなってきた。」 ぐらぐらする頭を押さえると、他人事みてぇにニコニコしてる御幸さんが、大丈夫?なんて暢気に声をかけてくる。 「俺、基本的に最初に体を落とすってのが定石なんだよね。」 「アンタほんとさいってーだな!!」 ちなみに、落としがいがあればあるほど燃えます、なんて言われてしまったら、とりあえず俺はその日の帰り道、コンビニで求人情報誌を引っ掴んで全力疾走するしか無かった。 [TOP] |