* 御幸が兄、栄純が弟で原作設定。 三年生引退後のお話です。 【リクエスト品】 今まで三人だった部屋から、人一人減れば、そりゃ寂しくなるだろうなとどこか他人事のように思う。 過ごした時間は短かったかもしれないけど、それでも確かに重ねた時間と出来事は確かにそこにあって。思い出は時間に集約されるとしても、そこにある思いはそれに比例することはないんだな、なんてことを、普段通り笑っている弟を見ていると感じたりもする。 元々俺はそんなに過去に執着しないけれど、弟…栄純は違う。 たった数カ月、されど、数か月。 3年生の姿を寮から見なくなって少しした頃から、ちょっとずつその異変に気づくようになった。いつも通りバカみたいに笑って騒いで、ぎゃあぎゃあ言っているけれど、少しだけ様子がおかしい。 周りの人も気づいてるみたいだけど(元々栄はとても分かりやすい)、敢えて口には出さないから、栄も周りにはバレてないと思ってるらしい。 だから俺も触れないし、わざわざけしかけるようなことを言うつもりもなかった。…けれど、ある日俺の部屋に遊びに来た栄が、“あるもの”を見つけて、その明るい表情を小さく曇らせたのを、流石に俺は見逃さなかった。 それ、は、あの人が置いて行ったものだった。栄にとっても、そして俺にとっても、思い出深いもの。 部屋の片隅に鎮座していた、重い…重いもの。ああ、俺はあの人からこんなものも引き継いでいたのか。普段からそこにあるはずなのに、なぜかずっと視界の中に映らなかったそれが、今ははっきりと明瞭に目に飛び込んできた。 「…久々に指すか?」 「え?」 「…俺は哲さんみたいに、大変じゃねぇけどな。」 栄の視線を射止めた将棋盤を引っ張り出し、じゃらじゃら音を立てて駒を並べる。 突然の俺の誘いに、戸惑ったみたいに慌てていたけれど、俺が盤の前に座ると、すぐに栄もちょこんと正座する。 それを見てから、おもむろに手に取った軽い駒を指に挟んで、パチンと将棋盤から軽快な音を響かせれば、何だか妙に懐かしい気分になってきた。 「なんか、懐かしいよな。…こうしてこの部屋で将棋さしてたのなんて、ついこの前のことなのに。」 「…一也にぃは、いっつも俺に哲さんの相手任せて逃げてたよな。」 「はっはっは、仕方ねぇじゃん。…家でじいさんの相手だっていつも栄が付き合ってたろ。適材適所ってやつだよ。」 「それも、一也にぃが俺に押しつけてただけだろ!」 「だから、お前が適任だと思った俺の見事な采配だって。…つーか、哲さんの相手をお前がするようになってから、栄はいっつも哲さんとばっか将棋指してたし、こうしてお前と寮で盤挟んで座ってんのも、なんか変な感じ。」 「だから全部一也にぃのせいじゃん。」 ぱち、ぱち、とお互いの駒が盤上を進んでいく。 交差する文字が躍る盤の上に視線を落として言葉をやめれば、途端に静かになった。 俺も、栄も、ただ黙って目の前のことに集中する。 気まぐれで始めたけれど、負けず嫌いが向かい合えば、そこは言わずもがなただの戦場になるわけで。 「…なぁ、栄、寂しい?」 ぱちん。 ふいに、駒を摘んでいた栄の手が、俺の言葉でぴたりと止まる。けれどしっかり盤上を見つめる視線は、動かない。 「…寂しくねぇけど、悔しいよ。」 戦いの繰り広げられる狭い四角形に落とされた言葉は、強く、真っ直ぐで、逆に俺の方がハッとして弾かれたように思わず顔を上げた。 「負けねぇから。…だから一也にぃも、絶対負けんな。」 何に、とは栄は言わなかった。 何に、とは俺も聞かなかった。 栄の指が、駒に滑る。 動いていく戦局。変わっていく形状。けれど変わらない、真剣な強い瞳。 俺はまた一つ、俺の手の届かない所で強くなっていく弟の姿を目の当たりにして、苦笑する。青道に来てから、それまでただの子供みたいだった栄は、どんどんいろいろなものを吸収して成長していく。誰よりも近く、誰よりも栄のことが分かる俺だから、それをひしひしと感じる。 (…でも、もう少し、兄貴面させてくれよな。) 誰に言ってんの? そう余裕の笑みを張り付けて、俺もまた一つ、ぱちんと強い音を室内に響かせた。 ----------------- 御沢が兄弟で、 御幸と将棋してる沢村、哲さんが引退してから将棋盤見て寂しそうにしてる沢村、とのことで、いつの間にかのような展開に…! なんだかいろいろと趣味に走ってしまって申し訳ありませんでした…! そして御幸が余裕面…出来ているでしょう、か…(あわあわ!) 二人で将棋…なんてとても美味しい設定ありがとうございました!とても楽しかったです!御沢うふふ…! リクエスト本当にありがとうございました! 沢山の愛を込めて。 [TOP] |