*御幸様+御幸 『それ』が何なのか、俺は知らない。 否、認めたくないだけかもしれない。そんなものが、自分の内部に、奥に、巣食っているだなんて、そんな現実を。 俺はもっと、自分は器用な人間だと思っていた。 …あの日までは。 あの日、そう、あの日。 自分の中にある、『それ』に初めて出会ったあの日までは。 「かーずや。」 「…名前で呼ぶなっつーの。つーか、ナチュラルに話かけんな。」 「なんで?いいじゃん別に。」 「寝てる時くらい、素直に寝かせろ。」 「素直に寝かせるわけねーだろ?」 「…。」 「…って、お前がいっつもアイツに言うじゃん。…沢村、にさ。」 頭の中で、『それ』がニヤニヤと笑う気配がして、その気持ち悪さに思わず眉を寄せる。 目に見えないのに、はっきり目に見える。 そんな、普通であれば在り得ない状況に、すっかり慣れてしまった自分に小さくため息をつけば、「何一人憂いぶってみてんの。」と再び笑われた。 「…。」 『それ』には、隠し事なんか通用しない。 プライバシーなんてあったもんじゃない。正直めちゃくちゃ不自由。 「…だから、寝かせろ、頼むから。」 「お前が土下座して頼むんだったら訊いてやってもいーけど。」 「…俺はお前の犬じゃねーつの。」 「まぁ、そうねぇ…。」 『それ』は、まるで俺と同じ顔をして、同じ声で、そして同じ体で。 二重人格、というわけではない。そういうのとはまた違う。変な感覚。 とりあえず、あれだ。 『それ』は、「俺」らしい。 …なんかおかしな日本語だけど、これが唯一の正解で、唯一俺が分かることだった。 「一也は、犬じゃねぇよな。」 「…んだよ、だから寝かせろって。」 「どっちかっつーと、俺のほうが、イヌ?」 「はぁ?」 にやりと笑う。頭の中で。 「なぁ、ごしゅじん?」 何かを彷彿とさせるその物言いに、更に眉の皺を深めた。 →04 [TOP] |