俺には、だいじな、ごしゅじんさまがいます。 …ごしゅじんさまは、ごしゅじんさまですよ? ごしゅじんさまは、ちょっとだけ意地悪で…、…結構意地悪で、…意地悪で、…そう、意地悪な人なんです。 でも、行く場所がなくて捨てられた俺のことを拾ってくれた、本当は優しい人。 お腹が空いたら、温かいご飯をくれる。 眠くなったら、柔らかい布団をくれる。 それでたまに、一緒にご飯を食べてくれたり、一緒に寝てくれたりもするんですよ!凄くないですか? 「…お前、ひとりで何喋ってんの?」 「え?」 「…ついに頭でも沸いた?」 「…俺、なんか言ってました?」 「常々、アホ犬だとは思ってたけど、まさか頭までイってるなんて思わなかったなァ。」 「ご、ごめんなさい…?」 「疑問符付けて謝んな、バカ犬。」 アホの上に…バカになってる…。 …もしかして、思ってること全部喋ってたのかな…。 心の中で思ってたと思うんだけど。おかしいなぁ…。それにしてもごしゅじんさま、どこから聞いていらっしゃったんでしょう? 「おい。」 「…。」 「…おい、っつってんのに、聴こえねぇの?」 「ひゃ!」 「…ご主人様を無視するなんて、いい度胸してんなァ?ペットのくせに。」 「は、わわわ…!」 怒ってます。すっごい怒ってますこれ。 慌てて辺りをぐるぐる見回してみたけど、全然何の解決にもならなかった。 冷たくて深い、ご主人様の目が、俺を真っ直ぐ捕える。 …知ってる。俺。この目。 それでこの後、なんて言われるのかも。 ドキドキ、と。心臓のところが変に熱くなった。 「悪い犬には、躾が必要、か?」 ああ、やっぱり。 じわ、っと胸のあたりが熱くなって、ドキドキが止まらなくなった。 じわじわ。じわじわ。 真っ白いキャンパスに、水分を多く含んだ水彩がぽたりと落ちて、滲んで広がっていくみたいな、感覚。 これが何なのかは知らないけど、放っておけばそこから溶けて穴が開いて、なんだか変になってしまいそうだとおもった。 「ごしゅじ、さま…?」 「返事は、はい、か、いいえ、だって教えなかった?」 「う、あ…。」 伸びてきた手が、するりと頬を撫でる。 その柔らかい感触に、思わず反射的に頬を擦り寄せれば、バカにしたような、けれど、なぜか温かさも感じるような笑みが、クスリと頭の上から落ちて来る、そうっと見上げたら、目を見る前に、思いっきり口をその大きな手で塞がれた。 「ん、う!?」 「ほら、また違うこと喋ろうとしたろ?」 「んう!ふ、ふぁ…!」 「なんだよ。言えるの、言えねぇの?」 俺の反応を楽しんでるみたいに、クスクス笑いながら、口を覆う手にぎゅっと力を込める。 圧迫される空気。入って来ない薄い酸素に、自然にじわりと目に涙が浮かんだ。 それを反対の手で拭って、にっこりと微笑む、ごじゅじんさま。 「もう一度聞くけど。」 そう前置きして囁かれる、甘くて重い、おと。 「…俺に躾けて欲しいんだろ?」 まるで、愛の告白みたいな言葉が、体の奥の方にまで届いて、きゅっと縮こまってしまうほどたまらなくなる。 だから俺は、一回だけ大きく首を上から下に揺らして、返事をするために大きく口を開いた。 はい、は一回。 首を縦に一度振るだけ。 それだけで与えられるのは 最高に甘美な ぜいたく →02 [TOP] |