ご主人様とイヌ | ナノ
subspecies
「調子に乗んなよ、バカ犬」
  「ごしゅじんさまのためなら、ば」


御幸様×瞳孔栄純のおはなし。
どM向け仕様の御幸様と
     敗北主義者の瞳孔君。

生みの親*秋人要様

  + 愛らしい御幸様bot、瞳孔栄純bot



とある不可解な出来事



それは何の前触れもなく突然だった。
そう、突然。


「…さわむら…?」


呆然と呟いた先、きょとんと落ちそうなくらい大きな丸い黒目を見開いて首を傾げるのは、確かに“沢村”に姿形間違いなかったけど、でも。
伸ばそうとした手が動かない。だってそれは。

“それ”は。



「…ごじゅじんさま?」



いつもより幾分か丸みを帯びた呟きが、小さく落ちる。
きょとんとした、どこかあどけない顔。(そんな顔も出来るのか。今まで見せたことねぇだろ。)

頭の中の何かが告げる。“これは違う”、と。
もう一度、沢村、と発した言葉は、なぜか喉の奥に引っ掛かって上手く声にならなかった。


「…は、なんの冗談…。」
「…あれ…?…あれ?ごしゅじんさま、どうして…。」
「おい、沢村、何言ってんの?なんかの罰ゲーム?」


様子のおかしい沢村に、漸く慌てて手を伸ばす。
その、空気を含んだみたいにツンツンした髪に触れれば、いつもだったら嫌がって振り落とされるはずなのに、なぜか大人しくされるがまま。そのまま瞳に映るどこか無防備で頼りない色に、どこかゾクリとした。


なんだ、コレ。
沢村の顔で、沢村の声なのに。
全然、“沢村じゃない”。…いや、沢村なんだけど。普通に沢村なんだけど。
なんか違う。


なんか、。



「…今日は、やさしいんですね…?」
「は、…あ?」
「いつもだったら、なかなか頭撫でてくれませんし…。」
「撫でたら怒るのはお前の方だろ。」
「とんでもないです!…あ、でも、贅沢過ぎて申し訳なくは思っちゃいますね。」


えへへ、…とか。
えへへって、なんだ。えへへ、って。
お前かつてそんな笑い方したことがあった?いや、ねぇだろ。ねぇよな。
いつも阿呆みたいに笑ってるか、阿呆みたいに叫んでるか、バカみたいにへらへらしてるか。…俺には妙に怒ってることも多いけど。
そんなだっただろ。沢村は。

たった数分前まではそうだったのに、一体何が引き金だったのか、突然、何も変わらないのに、まるで時計の針が進むのと同じくらいスムーズに、沢村の中で何かが変わった。
それが何なのかは、分からないけど。


「…もしかして、ごしゅじんさまって俺のこと?」
「そうです、よ?」
「俺はいつからお前の主人になったんだろ。」
「…?ごしゅじんさまはずっと、ごしゅじんさまですけど…。」
「…あったま痛くなってきた…。」
「…!?だいじょうぶですか!?」


大丈夫じゃねぇかも。
…なんて言ったらどういう反応するんだろう。“こいつ”は。

沢村だったら「ざまみろ、」とか言いながら、でもやっぱり陰でこっそり心配してくれてたりする。
そういう沢村が、俺がよく知ってる沢村のはずで。
だから、そういう沢村は、目の前の沢村みたいに、心配して額に手を伸ばして来たりなんかしねぇし、俺の冗談みたいな一言に、泣きそうな顔をしたりなんかもしない。

だから思わず、体を引いたら、離れた手の先にあった細身の体がビクッと震えたのが分かった。


「あ…、」
(傷つけた。)


咄嗟に分かった、だってそれは、沢村と同じ反応だったから。
傷ついた時、沢村がするのと同じ。

戸惑うように宙を浮いていた手が、慌ててひっこめられる。我に帰った俺が何か言おうとする前に、呟かれた「ごめんなさい」。

それがなぜか妙に耳に嫌な感じにこべりついたまま剥がれなくなった。



「さわむ、」



全部呼ぶ前に、逸らされた視線が地面に向かう。
その顔はよく見えなかった。けど。



「…?なんだよ、御幸。どうした?」



次に顔を上げた沢村の顔が、少し前と同じように、きょとんと丸められる。
零れ落ちそうな、黒い瞳。
だけどそれは、いつもと同じ、沢村の目だった。


「え、」
「何ぼけっとしてんだよ。…だから練習試合のビデオの話だろ?俺今持ってねぇから、後で部屋にー…、」
「沢村!」
「おお!?」
「…沢村?」
「は?…あ?」
「本物?」
「…どうしたんだよ御幸、ついに頭いかれちまったのかよ…?」
「本物か…。」
「…は?ちょ、本気で大丈夫か…?」


大丈夫じゃないと言えば、今度の沢村は多分いつも通りの反応を返してくれる、気がした。
それに何だか妙に安心して、なぜかほっと胸のあたりが落ち着いた。


「御幸…?」


不安そうに沢村が俺を呼ぶ。

納まらない戸惑いや困惑を隠すように、ぐしゃりともう一度その髪の毛に手を伸ばす。


「わ、ぷ!」


ぐしゃぐしゃ、かき混ぜるように動かしたら、いきなり何すんだよ!!と思いっきり首を左右に振って振り落とされた。


(いつもの沢村だ。)


さっきのは、一体なんだったのか。
白昼夢?まさかこんな短時間で?…夢を見ていたには短すぎて、けれど現実にしては絡みつく違和感がまだ体を離れない。


「…お前本当に大丈夫か…?」
「…わかんね。」
「は?」
「…ま、いーや。とりあえず部屋付き合うから、ビデオ早く返せ。」
「お、おう…?」


そういって沢村を促して、部屋を出る。

(…疲れ?…それとも、)



バタン、と小さく扉の締まる音と共に、とりあえず全て一度心の奥にしまって蓋をした。






とある
可解な 出来事

(お前 は だれ ?
(俺は、 ね )







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