小ネタ | ナノ
主にツイッターからのリサイクル
▼花屋×編集D
運命の鐘は時としてあまりにも惨いタイミングでその音を辺りに響かせる。
運命なんて信じてなかった。赤い糸なんてあるはずがないと思ってた。
それなのに。
(…よし。水曜日は確か店にいたはず、だから…。)
そうっと、反対車線に路駐してある車の側から顔を覗かせて、視線を彷徨わせる。キョロキョロと注意深く見ていると、軒先から、花の入った大きなケースを抱えて外に出てくる男。花が似合う男、なんて、漫画の中だけだと思ってたのに、そいつを見てると、現実も捨てたもんじゃないことを思い知った。
御幸一也。
花屋のアルバイトで、多分学生。
数日前、ひょんなことからうっかり出会って、一目惚れした相手。
顔と、それくらいの基本的なパーソナルデータしかしらないような相手なのに、こうして仕事帰りに毎日顔を見るために、遠回りしてこの道を通るような日課が出来てしまったくらいの、惚れ込みようだ。
数日前、恋ってなんだろう、なんて言ってた俺を鼻で笑ってやりたい。それはもう高らかに。
「……顔が、」
タイプなんだよなぁ、と心の中で呟く。
前々から薄々気づいてはいたのだけど、俺はどうやら随分と面食いだったらしい。
そして分かったことは、やっぱり俺の運命とやらも相手は立派な男で、…まぁ、つまりそういうことなんだろうよ。
結局は、俺はどこまでもイレギュラーで。
目と鼻の先にいるあの人とだって、所詮住む世界が違うのだ。
「自分で言ってて悲しくなってきた…。」
帰ろう、と、今日もまたくるりと店に背中を向ける。
住む世界が違う。だからこうして、声一つかけることもできない。
「きゃーー!御幸君、今日もバイトだったんだー!」
…そういえばこれも最近知ったことの一つだけれど、御幸はよく女の子にモテる。
まぁ確かにあんだけ顔がよければ、女の子が放っておくはずがない。
住む世界が違うのだ。根本的に。
「…さっぶ…。」
冬の寒さが堪える。
…もし。
もし、俺が女の子だったら。
女の子だったら、あの女の子みたいに声をかけられていたんだろうか。
背後から聞こえる甲高い女の子の声が耳にへばり付いて離れなかった。
▼花屋×編集C
Bの続き
例えば、だ。
もしかして俺は自分でそう思っているだけで、もしかしたら出会いさえあれば女の人だって愛せる人間なのかもしれない。
こと恋愛ごとになると、どうも自分のことに対して酷く鈍感になるのは、誰しもに共通した悩みだろう。
よく分からない。男にしか恋が出来ないのか、それとも男にしか恋をしたことがないのか。
そもそも、恋ってなんだろう。
もしかしたら俺は、恋すらしたことがないんじゃないだろうか。
男だとか女だとか、そういう土俵にすら、立ったことがないんじゃないだろうか。
…30も越えたいい年して?…それはそれで悲し過ぎる事態だ…。
運命とか、赤い糸とか。
そういうものを信じてるわけじゃない。夢を見れるような年はもう随分前に通過してる。
だけど。
だけど、もしかしたら。
もしかしたら、本当にもしかしたら。
俺はまだそういう人に出会ってないだけで。
そんな出会いがこれからこの先、いつかあるのかもしれない、とか。そんなことを、考えたりもして。
「……無い無い。」
…それから自分で打ち砕く。
虚しい話である。
そもそも、そんな出会いがあるなら今まで30年近く、一人身で過ごして来てねーよ、っていう…。
雨は本降りになりそうな予感がする。どこかで傘を仕入れないと、自分自身はまだしも、手に持っている書類を濡らすわけにはいかない。
とりあえず駆けこんだ軒下で、小さく息を吐いた。全く踏んだり蹴ったりだ。厄日か?今日は。
運命とか。そういうの。
信じられる程、もう子供じゃ――――…、
「…どうかされたんですか?」
声をかけられて、振り向く。
ヤバい、もしかしてここ、店か何かだったのか…?
「あ…っ、すみませ、…!」
驚いて飛びのいた瞬間、肩が半分屋根から飛び出て、降りだした雨がスーツに染みを作る。
だけど反対の手に持ってた書類だけは死守。編集の鏡俺。
後ろから聴こえた声に、振り向いて視線を彷徨わせて、それから焦点を結んだ場所にいた人に、一瞬驚いて声が出なかった。
「…濡れますよ?」
くすりと笑うその造形整った顔に、地面を叩く雨音共に、ドクンと心臓が跳ねる音がした。
▼花屋×編集B
初めて見たときには、一瞬息が止まるかと思った。
別に自慢することでもなければ、威張ることでもないのが。
俺は生まれてこの方、女の子に縁が無かった。
一人っ子で兄弟もおらず、田舎育ちの為女の子どころか、周りには同い年の人間すら少なくて、いつも遊ぶのはめちゃくちゃ年の離れた兄ちゃんとか、一緒に出来ることも少ないような年下の子とか…。
一番多かったのは、近所のじいちゃんばあちゃん。その辺り。
そんな環境だから(っていうのはもしかしたら言い訳になるのかもしれないけども、)物心付いてからの成熟期も思春期もこれといったラブハプニング一つ無く通過して、何を考えたのか、雑誌編集者なんて不規則生活の塊みたいな職業についてしまったことも相まって、振り返ってみれば人生の中で女の子と接する機会がほぼ皆無だったのだ。
だからだろうか。
俺にとって異性ってのはよく分からない存在で、だからこの年になっても俺が好きになるのはいつも自分と同じ性別のやつばかりだった。
世間様ではこういうのをいわゆるガチホモだとかなんとか言うらしいんだけども、俺としてはこれが俺にとっての『普通』だから、そういう意識はあんまりない。
でも、恋愛ってやつは、普通なら男と女でやるっていうのが大多数だってことを理解出来ねーってわけじゃねぇから、普段は一応隠してひっそりこっそり暮らしてる。
沢村さんって女っ気無いよね、婚期逃すよー?と、職場の奴に叫ばれた言葉が、A4ファイル片手に外勤に出る俺の背中に冬の寒さより冷たく突き刺さる。
(うるせー!そもそも俺には結婚っつー選択肢すらねぇんだよっ!)
冬の寒さが身に染みる。オマケに世間の風も身に染み渡る。寒い冬だ。一人身の俺には厳しい季節。
雨でも降るんだろうか。夕方だといえども少し暗すぎる空の色がどんよりと陰って、更に俺の足取りを重くする。
傘を持って来なかったから、降られたら少しだけ困る。担当している作家先生の家まではまだもう少し距離があるし、この辺にコンビニはなかったはず。
後少しだけ。後少しだけ持って欲しい。
けれどそんな願いもむなしく、次第に空は更に曇天に染まり、それからそんなに時間を空けることもなく、ぽつり、ぽつり…と、次第に雨が降り出した。
「う、わ!最悪…!」
…なんだかなぁ。もう。
上手くいかないことばっかりだ。
▼花屋×編集A
@の続き
机を一つ挟んで、向かい合って座る御幸は、俺なんかよりずっと大人びていて、ティーカップに伸びる細い指もスラリと細い上に長い。
でも決して女性的なそれではなく、ゴツゴツとした男の手の造りをしてて、イケメンは顔だけじゃなくてこういう細かいところまで綺麗なんだとそんなことを考えてしまう。
…というか、何か考えていないと落ち着かない。
(大体にして、今はどういう状況なわけ?)
憧れだった男と、まさかの二人っきりのティータイム。
古謝れたレトロ調なカフェの、雰囲気のある音楽も、今の俺には全く持って聞こえて来なかったし、きっと美味しいんであろうケーキの味も珈琲の味も、全く分からない。緊張してるのがばれない様に、カップを手で持つ時だけ息を吸って吐いて、それからゆっくりと持ち上げる。
だって、気を緩めたらカタカタとソーサーが震えて鳴りそうになる、から。
「…俺ね、沢村さん」
「ん、?」
BGMより静かに心地よく耳に響く御幸の声に名前を呼ばれて顔をあげると、そこにあった予想を超えた甘い甘い御幸の表情にドキリとした。
な、…に…?
「知ってたんです。沢村さんのこと。」
「……え…?」
「毎日、6時前くらいにうちの花屋の前通ってくれますよね。」
「…!!!!!」
ふわり、とカップを持った御幸が、それこそバックに花を背負ったような華やかな笑みを浮かべる。
一瞬それに見惚れかけるけれど、…ちょっと待て。
な、ななななな、なんつった!?!?今!!!!!!
(き、気づかれてた…!?)
嘘、なんで、どうして!
…御幸の花屋からは見えない様な反対車線通ったり、店先に出てないのを確認しながら通ったり、してたのに!なんでだ!?
動揺が隠せずあわあわとする俺に、くすりと御幸が笑う。
「最初は、帰り道なんだろうなって思ってるだけだったんですけど。それにしては視線を感じることが多いし…男の人から、そういう視線を感じるのは初めてだったから、気のせいかとも思ったんですけどね。」
「う、ううう…!、…っ、」
「それでもやっぱり…と思って、もしかして可愛い高校生にでも好かれちゃったのかな、なんて思ってたんです。遠目だったから、制服とスーツもよくわからなかったし。」
「……いつから……気づいて…」
「気づいたのは、割と最近です。でもそうして思い出してみたら、ああ…って合点がいくことも多くて。」
……。
………。
(つまり、ほぼ最初から気づかれてた…ってことかよ…。)
さっきと違う意味で手が震えそうになる。ケーキの味も珈琲の味もさらにわからなくなった。
「うちの店、店先に出てなくても中から割と広範囲見渡せるんですよね。」
…………とりあえず、誰か一思いに殺してくれないだろうか。
▼花屋×編集@
*花屋バイト御幸(21)×雑誌編集者沢村(31)
セカコイ雪木佐の半パロ。ちょっとだけその要素が入ってます。でも大体はただのパロかもしれません。
書きたいところだけ小ネタ投下します。
御幸は花屋でバイトしてる美大生。少女漫画が好き。多分元々はノンケ寄り。
沢村さんは少女漫画の部署で働く編集さん。大ヒットには恵まれないがそれなりに仕事の成果は出している。自分で自覚してるホモ。
【大体のあらすじ:帰り道に通りかかる花屋のバイトの顔に一目惚れする沢村。ひょんなことからそのバイト、御幸少年と話す機会があり、それならなんだかんだとよく話をする仲になる。】
気まずい沈黙が落ちる。
それから少しして、ああ言わなきゃよかったなぁ、と後悔した。まぁ、今更遅いけど。
(驚いてんだろーなぁ。そりゃあ…。)
実際、さっきまで御幸の顔に浮かんでいた柔らかい笑みはどこかに消え、ぽかんと見開かれた瞳が言葉無くただ真っ直ぐに俺を見つめる。
その目に晒されているとなんだか居心地が悪くて、机の下で組んだ手をゴソゴソと動かしてみたけれど、やっぱり落ち着かないのに、変わりはなかった。
でも、俺は別に間違ったことは言ってないし、してない。
何歳ですか?って言われて、ただ答えただけだ。「31だけど、」って。
………だから、俺を勝手に未成年だと思ってた御幸が悪い。
「…びっ、くりしたー…。年上だったんですね、沢村さん。」
「おう。正真正銘の31歳。正真正銘大人の男だぞ。」
「全然見えませんでしたよ。」
「………それは何気に失礼じゃないのか…。」
「まさか。褒め言葉です。」
くすり、と御幸に笑われて、むっすりとつい唇を尖らせる。
けれど、お前のそういうところが幼く見えるんだ、と同僚に言われた言葉をふと思い出して、反射的に顔を引き締めた。
「そっか。そーなんだ。へぇ…。」
「なんだよ…。」
「いえ。別に。ただ、びっくりしたけどそれだけだなって思って。」
「は…?」
御幸が何を言ってるのか分からなくて、眉を顰める。そんな俺の様子なんて関係なさそうに、机に肘をついてその長い指同士を絡めながら俺を見てくる整った顔。
どきん、とこんな時なのに空気の読めない心臓が高鳴る。
あぁ、くそう。
ちくしょう…。
(やっぱり俺、こいつの顔は好きなんだよ…。)
10近く年下の、しかもこんなイケメン相手に馬鹿なことをと自分でもわかってる。
本当に自分の性癖と面食い加減に毎度のことながらため息をつくしかなかった。
▼芸能パロ
「…ドラマ?」
いつものごとく忙しく夕食の準備をしていたら、珍しくソファではなくリビングの机に座って頬杖をついてこちらを見ていた御幸がぽつりと呟いた。今度ドラマに出ることになったんだ、と。
「…お前最近、モデルっていうよりタレントみたいになってきてね?」
本来メディアの露出自体珍しかった御幸が、ここ最近映画にドラマにバラエティにと、多方面で忙しくしていることを思い出してそう苦言を漏らす。
元々御幸自身口も上手い方であるから、見目よし使い勝手もいいとくれば、まぁそりゃあスタッフ側からも引っ張りだこになるのは安易に予想できた結果ではあるのだけど。
……決して俺より仕事量が多いことに嫉妬してるわけじゃない。
「仕方ねぇじゃん。勝手に決まってたんだから。」
「そういうのってこっちもちょっとは口出せるもんなんじゃねぇの?」
お前くらいになれば、と付けくわえた言葉に御幸が小さく苦笑する。
…ああこれはちょっと嫌みっぽかったかも。
そう思って言葉を続けようとしたら、それよりも前に御幸が特に何も気にした風もなく話を続ける。
「ああ、別にドラマの仕事が来ることについては、俺はあんまり異論はないんだよ。」
「そうなんだ?」
「そうなの。」
ふうん、と呟けば、似てるんだよね、と御幸が更に言葉を続ける。
「ステージの上って、舞台なんだよ。」
「舞台?」
「そう。沢山の衣装があって、それの一つ一つに、込められたものがあって、その服に合わせていろいろな人間になっていろいろな顔を作らないといけない。それって凄く演技に似てるなって最近気付いてさ。」
「へぇ…。」
こんな風に御幸が自分の仕事観を話すのは珍しい…というか、自分のことを語るのも珍しくて、つい耳を傾ける。
夕食の用意の手は止めないまま、リビングとこっちを行ったり来たりしながら、時折ぼんやりと話を続ける御幸の顔をこっそりと覗き見る。
「でも俺ってさ、凄い小さい時からこの世界にいるから、正直普通ってのがよく分からないんだわ。」
「普通?」
「そう。普通。」
…まぁ確かにそうかもしれない。
俺なんて、中学までは全然普通の生活してたような奴だから、御幸とはたまに価値観がぶつかることもある。
そういうことを考えてみると…確かに思い当たる節はあるかもしれない。
「だから、演技を通して、いろんな役や人間に触れられるのは俺にとってはプラスになってるんだよ。」
だから寧ろ大歓迎なの、と御幸があっけらかんと笑う。
(…プロなんだなぁ。)
そう、漠然と思った。
普段は本当にムカツクほど意味の分からない男だけど、こういうところを見ると、ああこいつはプロなんだ、と思う。
自分に対する見方や考え方、取り組み方への姿勢。普段はムカツク、としか思わない男のこういうところを見ると、何でコイツが人気があるのか、分かる気がした。
御幸は、この世界のプロなんだ、と素直に思う。
(…かっこいい、…とか、ちょっと思ったりしなくもない。)
…もちろん口が裂けても言わんが。
「だからまぁ、いいんだよ。」
「でも忙しすぎてからだ壊すなよ。」
「へぇ、心配してくれるんだ?」
にやり、と笑う御幸からぷいっと目を逸らす。
…こいつはもう…。
「そりゃ、一緒に暮らしてるやつに体調崩されると迷惑だからな!!」
「ふ、…はいはい。」
「んだよ、笑うなよっ!!」
むきぃっと大声をあげて眉をよせると、更に笑われた。
なんだよ、もう。
とりあえずまたからかわれるまえに話を切り上げて夕食の用意もラストスパート。
もうそろそろ俺もお腹空いたし。
そう思って手を動かす早さを早めれば、あ、と背後から御幸の声が聞こえた。
「でも、一個だけ。」
「んー?」
「いろんな感情をドラマから得たって言ったけど、恋だけはお前から貰ったな。」
「―――っ、…!」
ぽつりと落とされた言葉に、絶句する。
(な、なななななな…!!!)
「誰かを愛おしいって思う気持ちだけは、沢村くんが俺にくれた。」
(いちいち言い直さなくていいわ!!!!)
…あぁもうどうすんだよっ!
「…暫く後ろ振り向けねぇ…」
落ちた声の、なんて弱々しいこと。
…俺もだよ、なんて、まさか言えるはずもなく、ただ静寂だけが肌にピリピリと痛かった。
▼twitterの診断で出たので
診断結果【 間違いありません!白赤緑の染め分けに鷲頭獅子の軍旗…鋼の雷将 御幸将軍の部隊です!!しかし御幸は死んだはず…とすればあの旗を掲げるのは…】
死んだ?
(御幸が?…まさか。)
伝令から指令を受けて数刻。
残された時間はほとんど無い。
此処はもうすぐ紅の花が咲き乱れる戦場と化すだろう。
穏やかな時間は一変、空気がそのまま刃へと変わる。
生きて戻れるかどうかもしれない未来。
けれど不思議と顔に浮かぶのは、緩く緩く口元から顔面全体に波面を描くように広がる笑みだけだった。
「…生きてると思ってた」
羽織袴に袖を通し、腰に掲げた銀の刃。
空に犇めく暗雲を。
今あんたも俺と同じように見上げてるんだろうか。
「死ぬわけないだろ。アイツが」
そして、俺も。
互いの刃に最後鏡を映すのは、お互いだけだと決めたあの日から。
「待ってろ、御幸」
(さぁ、戦いをはじめようか。)
▼楽器×奏者
―――実際卑怯な話だと思うよ。
「なにが?」
黙々と武器の手入れをしていた手元をふと止めて顔をあげると、ぼうっと窓の外を見ていた御幸が、唐突にそんなことを呟く。
愛用の20口径の銃を器用に解体して中を掃除する。この掌サイズの重みに命全て託す自分達の仕事は、冷静に考えると酷く無謀だった。
「…卑怯?」
なかなか次の言葉を発しない御幸に向かって促すように問いかける。
すると窓の外どこか遠くへ投げられていた視線が部屋の中の沢村を捕えた。
その距離数メートル。見渡す限りの豪華な室内。
与えられた広い部屋は沢村の官職の高さを如実に示していて、―――それはつまり奪った命の数もまた然り。
「…俺たち楽器は、奏者がいなけりゃ生きていけない。存在価値がねぇだろ?」
ぽつり、ぽつり。
御幸が小さな呟きを落とす。
端正な横顔。聴く者を魅了する甘い声。けれどいまはその音がどこか哀愁を含んで地面に落ちた。
だけど、と御幸がひとつ苦笑する。
「奏者、は、楽器がいなくても生きていける」
これを卑怯と言わずになんという?そう問いかける間。
共に戦地を翔ける相方。命を預ける背中。
信頼の糸でつながるパートナー。全てを共にする自分の半身。
けれど現実は。
「2人でひとつ、なんていいながら。楽器にとって奏者は一生に1人。でも奏者は違う。楽器が壊れたら、また、」
「御幸、」
思わずその言葉を、張り上げた声で遮っていた。
そんな言葉をアンタがいうのか。
(他のだれでもない、俺に?)
御幸が何を思って、何を考えて、なぜそんなことを突然言い出したのかはわからない。
だけど。
「…俺の楽器は生涯アンタだけだよ」
立ち上がって近寄って、その胸ぐらをつかみ上げる。
見上げたアンバー。その色に飲まれない様に、じっと。
まっすぐに見上げた先、鼻と鼻がくっつきそうなくらいの距離で、沢村の吐息が御幸の唇を撫でる。
「俺はアンタの音楽が止まったら、俺もそこでこの世界に見切りをつけたっていい」
あの日。
全身を震わせた音で満たされた日から。
変わらない決意はそのままに。
(いつだって俺は、)
御幸のことばかり考えているのに。
これのどこが卑怯だって?
「…男前だなぁ沢村」
「アンタが女々しいだけだろ」
「…そーかもしれない」
ふと御幸の表情が緩んでその顔に笑みが浮かぶ。…いつもの御幸だ。
「俺は世界の運命よりなにより、あんたのほうが大事だ」
―――ああ、確かにこれはちょっと、卑怯かもしれない。
「…ほんっと敵わねーな、お前には」
「光栄だろ?」
「…そうだな」
混沌としたこの淀んだ世界の中。卑怯な俺達の奏でる曲は所詮、―――出来損ないのプレリュード。
▼突発軍モノ/上官×下官
御幸のその細い指が、ツゥっと首筋を這うようになぞる。
ゾクリと背中を走った戦慄にいっそ恐怖にも似た感覚が走る。恐怖?畏怖?そんな生易しいものじゃない。
(全部支配されてしまうような、この威圧感―…)
軍人たるもの、どんな時でも常に冷酷無慈悲、気高く誇り高くあれ。
アカデミーで何度も唱えさせられたその言葉が、頭の中を虚しく空を切る。
その目が、その声が、その存在が。
見た者全てを支配するような、感覚。
逃げろと全身が叫ぶのに、指一つどころか呼吸一つ自由になるものは一つもなかった。
「…知っていますか?沢村くん。」
「…ッ、」
首元をなぞる指が、首の薄皮一つ上からゆっくりと爪を立てる。
柔らかく、優しく…手付きに反比例して、深く深くめり込んでいく爪の先。
指が首元を緩めて入り込んできても、何も出来ない。
「軍服というのは、とても脱がせにくい構造になってるんですよ」
「な、んで…です、か…?」
「あれ…?これは、“アカデミー”では教えてくれませんでした?」
クスクス。クスクス。
御幸がそれはそれは楽しそうに笑う。
その目は全く、笑っていなかったけど。
「こんな風に簡単に、脱がされたら困るでしょう?」
―――いろいろ、とね?
「…っあ…」
その指先が、難しく重ねられた布を一枚一枚、まるで花弁を剥ぐかの如く簡単に開いていくのを俺はただただ、見ていることしか、出来ずに。
「…ここから先は体に教えてやるよ」
その琥珀に映る猟奇的な色に、体を震わせた感情の名前を、俺は知らない。
▼【同級生パロ】幸せは歩いてやってくる その後02
「なー、栄純はうちの親と話したんだろ?」
「ん?うん?」
「何でバレたの?つーか、どうして会ったわけ?」
「あー…。」
「…?」
「いつも通り起きたら、部屋出たとこでぶつかった。」
「…え、」
「ははー!」
「い、いつも通り…?あの、…シーツずるずるの…?」
「いえーす!」
「じゃあ、」
「おう!もろばっちり見られた!」
「ぎゃーー!!」
「んだよー。元はといえば、お前が昨日ベッタベッタ痕つけるから悪いんじゃん。」
「…俺もうしばらく家帰れねぇ…。」
「えー。元気出せってー。…っつーか、見られたの俺だし。なんで俺が慰めてるわけ?なんなのこれ。」
「…。」
「ほんと…お前って仕方ねーよな!」
「…栄純に言われたくねぇ…。」
でも、そんな一也が
そんな栄純が。
((どうしようもなく、好きなんだよなぁ。))
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