「あたしの名前は鵲(サク)。君は?」
「俺?四仙 聖太(しせん しょうた)」
「じゃあ、一応仮初めの関係だけどよろしくね、聖太」
「うん、よろしく」

…なんて風に挨拶を交わしたのも僅か数分の間、慌ただしくその時は過ぎ去ってしまった。
廊下ののんびりまったりとした足音に気付くのが遅れてしまったのだ。

「やべっ…!」
「お家の方ね」
「何を悠長に…!」
「挨拶しちゃえばいいじゃない」

言って、怪我した片足をさすりながら再び立ち上がり、ぽんっと煙に巻かれた次の瞬間、鵲の格好はごく普通の洋服…ミニスカート姿に早変わりしていた。
そしてそのタイミングぴったりで開く障子。

「お帰りー…あら?貴方が女の子連れてくるなんて珍しいわね、お友達?」
「えーっと、」
「初めまして、神藤 鵲って言います!」
「初めまして。全く、お茶くらいお出ししなさいな」
「母さん…、」
「あら、何かしら?」

こうなった以上、この時俺は決意していた。
言うなら今しかない、今このタイミングで言ってしまった方がいいのだと。
それで、思いっきり鵲の片腕を引っ張り体を引き寄せると同時、ちょっとひきつってたかもしれない笑顔でこう言った。

「付き合ってるんだ、俺達」

ベタすぎる一言。
鵲は一瞬だけ驚いた様子だったが、適応能力抜群ににっこり笑みを浮かべ、母さんにぺこりと一度頭を下げた。
母さんはと言えば、

「あらー、そうだったの!…聖太、あの事は…」
「うん、えっと…」
「事情がおありなのは伺ってます。あたし、本気です。婚約まで視野にいれて考えてます」

流石に天然気味な母さんも、鵲の言葉には一瞬硬直していた。
俺もそうなりかけたけど、俺までそうなってたんじゃ意味がない、またもや決心一つ、

「俺達本気だから」

…と、付け加えてみた。

─その後すごい勢いで話が進み、どこで聞き耳をたてていたのか鵲の両親まで姿を現し、仮の縁談は一気に整ってしまった。

「…何であんなに適応能力抜群なんだろ、母さんは」
「あたしもびっくりだわ。父さんも母さんも話を聞いてただなんて…」
「でもよかったね、初めから聞いてた訳じゃなくて。初めから聞かれてたら偽の縁談だってバレてたし」
「ほんと…。でもこれで父さん達にうるさく見合いばかりさせられずに済むわ」
「俺も、これでやっと言霊を商売に使える」

何だか妙に意気投合してしまい、世間話に花を咲かせている母さんと鵲の両親を後目、俺達は俺の部屋に戻りのーんびりとしていた。
鵲の両親は人間に悪意はないらしく、猫又である事を隠したまま話してくれているから好都合。
親達を騙している事になるのに、俺も鵲も何故だかあまり罪悪感もなくケロリとしていた。
罪悪感より、互いに望んでいた状況を得た満足感の方が大きかったみたいだ。

「ところで鵲…、」
「聖太、鵲ちゃん」
「……!母さん…、いつからそこに」
「今来たところよ?あのね、鵲ちゃんのご両親ともお話したんだけれど、鵲ちゃんには暫くここで一緒に暮らしてもらおうと思うの」
『えっ…』

再びいきなり現れた母さんの言葉に、俺も鵲も驚きを隠せなかった。
だって何でそうなっちゃうんだ?

「貴方達の暮らしぶりを見ておきたいと思ったのー」

母さんは相変わらずぽわぽわした空気を発し、にこにこしながらそう言い放った。
俺も鵲も硬直状態から脱せない。
俺達は婚約という状況だけを作り出し、その状況を利用するつもりだった。
けれどその計画は早くも破綻を迎えたのだった。


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