深い深い森の奥、木々に囲まれ佇む丸太造りの一軒家を幾つかの人影が囲んでいた。
人影は暫しの間、家を取り囲みひっきりなしにふらりふらりとしていたが、やがて意を決したように扉に手をかけた。

「本当に何度も何度も…飽きないねぇ」

扉に手をかけた途端に中から響いた女の声に、扉に手をかけた男…─、兵士はビクリと肩を震わせたが、その背後に立っていた黒ずくめの青年は兵士の肩を押し退けると、何の躊躇いもなく扉を開け放った。

「ノックくらいしたらどうだい?」
「フラン、お前がノックはいらないって言ったんだろ」
「そうだったかね…、そんな事言ったかい?」
「言った。歳だから忘れたか?」
「お黙り!あたしゃ18だって何度言ったら分かるんだい?」
「見目だけだろ、中身はもう、」
「うるさい!」

扉を開けた黒ずくめの青年、それから部屋の中にいた全身白ずくめの少女は顔を合わせた途端に言い争いとなる。
終わりそうにない口論に、三人いる兵士のうちの一人が口を開いた。

「…ノ、ノワールさま。お言葉ですが本日はリベリエさまの事で足を運んだのでは…」
「あー…分かってるっての。フラン、」
「だからお断りするって言ってんだろ?あたしゃ人探しに協力する気はないの」

黒ずくめ…─、ノワールが言い掛けた言葉にしかし、白ずくめの少女、フランことブランシェはすぐに言葉を遮った。
戸口で顔を見合わせる兵士達には気にも止めず、ノワールは室内へと一歩足を踏み入れる。

「リベリエと交友関係があったから断る、とは言わないよな?」
「それはないね。国に大事を引き起こしたのだから、流石にそれを言ってる場合じゃない」
「だったら、何で」
「せっつかない。あたしの千里眼をもってしても、あの子の足取りを追うのは難しいよ。何たってあの子は高等な風魔法を扱う。足取りもまさしく気まぐれな風のごとしさ」
「…前も聞いたぞ、その説明」
「だからそう言ってんじゃないか。それ以外に理由はないよ。あんたらもしつこいね」

足下にじゃれつく真っ白な猫を抱き上げ、その背を緩やかに撫でながらブランシェは事も無げに言い放つ。
ノワールはこの国に仕える“守護竜”である。
そしてブランシェは“白き魔女”と謳われ名高い賢者。
ノワールはとある事由でほとほと困り果てていた。
この魔女とは腐れ縁、安易に頼ってしまうのも癪に障るのだが、そんな事も言っていられず頼りに来ている。
しかし魔女は一向に協力してくれる姿勢を見せない、という訳である。

「あー…ったく、どうしたもんかね」
「どうもこうもならないよ。さ、わかったならさっさと帰る」
「さっさとリベリエを見つけねぇと、俺の立場がないんだよなぁ」
「あたしの知ったこっちゃないよ」
「…じゃあ試しに聞くんだが、今どこにいるかだけでも…─、」
「ノワールさま…!」

往生際が悪いと言われればそれまでだが、それでも仕方なく食い下がるノワールの言葉を一人の兵士が遮る。
のろのろと振り向くノワール、視線の先、兵士の側には言伝役の小竜が飛んでいる。
その小竜がくわえた伝書を受け取った兵士が声をあげたのである。

「…んだよ。小竜まで送りやがって、なんかあったっーのか?」
「城下を守る歩兵からです!つい先ほど、リベリエさまを発見、捕らえたとの事です!」
「は!?」
「何だって?」

ノワールとブランシェが同時に驚きの声をあげる。
リベリエ…─、ノワールが血眼になって探していたこの国の“巫女”である。
彼女はこの国から逃亡しノワールに追われているというのに、それが今何故今更のようにこの国に姿を現したのか…─。
更には彼女は他を寄せ付けない高等な風の魔法を扱う。
それが歩兵などに捕らえられるものだろうか…─?
しかし。

「その情報は確かか?」
「はい!様子がおかしいとも書かれてはいますが…、間違いないだろうと」
「…あの子がそんなに簡単に捕まるかねぇ」
「それから、捕らえる際に盗賊に妨害されたともあります」
「…盗賊?何たってまた…。まぁいい!俺は先に帰る」
「…え?」

兵士達が声をあげる暇もあればこそ。
ノワールがすたすたと屋内から出ると同時、その背には黒光りする鱗を備えた巨大な竜の黒い翼。
バサリとその翼が宙を打ちノワールの全身を覆い隠したかと思うと、次の瞬間にノワールの姿は消えていた。
代わりにそこには漆黒の鱗に全身を覆われた一匹の体長十数メートルはあろうかという黒い竜。

「お前達は後から来い。俺が先に戻った方が早いだろ」

竜は低く響く声でそれだけ言い残すと巨大な翼を羽ばたかせ、その体躯を宙へと浮かび上がらせる。
風圧によろめく兵士達をよそに、開け放たれたままの扉から飛び立つ竜─ノワールの姿を見上げながらブランシェはぽつりと呟いた。

「…やっぱり、あまり嬉しい知らせではないね。…リベリエ」


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