結局、お手製の弁当をゆっくり食べている時間はなかった。
戻って来るなり友人達に詰め寄られ冷やかされ、冷やかされると同時に先程キスをされかけた事を思い出し、顔が赤くなっては更に詰め寄られ…。
その繰り返しで非常に疲れる昼休みとなってしまった。

(でも、あんな事…)

五限目に入っても冥の思考は昼休みの出来事に捕らわれたままだった。
いくら自分が鈍いとはいえ、何故全は唐突にらしくもなくあんな行動をしたのだろうか?
本当にからかっただけなのだろうか?
いや、それならば全は自分に恋愛感情としての好意があるという事なのだろうか?
ぐるぐると巡る思考に末路は見えない。
気になりだしてしまったのだから仕方がない。
きっと、自分が今の距離を心地よいと思っているからこそ気になってしまうのだ。

(…まさか。でも、気になるし…)

「…加藤、…加藤!」
「あ…、はい…っ!」
「昼休み後だ、眠くなるのも分かるがな、お前らしくもない。まぁいい…33ページの四行目、和訳を頼む」
「…はい」

教師に大声を出されてやっと我に返る。
慌てて英語の教科書に視線を落としながら、心中で溜め息を漏らして心を決めた。

(全に、本当にからかっただけか聞いてみよう…─)

本気にするなとまた笑われたらそれでいい、そうじゃなかった場合は…─。
まだ分からないが、どうしても聞いてみたくて仕方がなくなっていた。


─放課後、やっぱり空は青く澄み渡っていた。

「東条?先に帰ったよ。何つーかね、上の空でさ。あいつ、今まできっちりサボらずやってたしさ、今日くらい俺らでやっとくから帰れよって言って帰した」

場所はあの屋上。
清々しい空気の中、美化委員達がせっせと掃除を進めている。
しかしそこに全の姿は見あたらず、手近にいた生徒に所在を訪ねてみれば、返ってきた返答はもう帰ったというもの。
こういう事に関しては真面目な全にしては珍しい、何だか今日はいつもと違う。
そう思いながら生徒に礼を言い、くるりと踵を返して足早に自分も帰る支度を始めた。
“いつもと違う”。
今回のその感覚は、あまり気持ちがいいものではなかったから。

いつもと変わらぬ筈の帰り道を急ぎ足で歩く。
さっき全の事を聞いた美化委員曰く、まだ帰ったばかりとの事だったから追い付けるかもしれない、そう思った。
それで急いでいたのだけれど。

(…何)

横の車道をけたたましいサイレンを伴わせて数台の救急車とパトカーがすり抜けていく。
それにあわせたように向こう側から歩いてきた主婦二人が、軽い口調で言葉を交わす。

「それにしても酷い事故だったねぇ」
「信号無視…3人もはねられるなんて」
「でも2人は意識あったみたいだし平気でしょ。まったく…やめてほしいわよね」
「でもあの子…、央城の学生さん?意識不明の重体だって」

央城…─その単語に鼓動が跳ねた。
自分たちが通っている高校名。

「…まさか」

通り過ぎていく主婦を横目に思わず口に出して呟いてしまった。
まさか、有り得ない。
こういう嫌な予感はだいたい外れると相場が決まっている。
さっきから感じていた違和感、そしてこの嫌な予感まで的中してしまったら話が出来すぎている。
まさかであってほしいからこそ、突き動かされるように冥は駆け出していた。

─全が巻き込まれているなど、そんな筈はないのだと。

駆けつけた先、見通しのいいはずの広い交差点は惨状と化していた。
白い乗用車が歩道に乗り上げ正面の空き家に突っ込んでおり、辺りには空き家が破壊されたために瓦礫やらガラスが散らばっている。
どうやら歩道を歩いていた3人がはねられたらしい。
辺りは血の海と化していて直視する事すらもはばかられた。
ただ、もうけが人は病院へと搬送された後らしく、“確認”は出来なかった。
だからただただ、この予感は単なる予感でしかないのだと自分に言い聞かせ帰路へつこうとした。
つこうとして、鳴り響く携帯電話の音にまたもや鼓動が跳ね上がる。
電話の相手は…─、母親だった。

『冥!?今どこにいるの?』
「…学校の近くの…交差点」
『交差点…ちょうどそこで事故があったの』
「知ってる…酷い状況…」

まくし立てる母親の勢いに押され、早くなる鼓動も相まってうまく言葉が出てこない。

『早く青山総合病院に行きなさい!東条くんが事故に巻き込まれて重体だって東条くんのお母さんから…、』

鼓動が一瞬止まった、…気がした。
違和感も、嫌な予感も。
そのすべてが的中した事を呪うしかなかった。

まだ、聞きたい事すらも聞けていない。


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