間延びしたチャイムの音が、気怠い静寂を一瞬にして裂いた。
「冥っ!」
「…はい?」
空腹で気力も萎える四限目の授業。
しかも面倒な数学の授業。
それを終え溜め息混じりに教科書を机にしまう最中、自分を呼ぶ友人の声にゆっくり振り向く。
「あんた、どういう事よ?荒瀬に告られて断らなかったとか何それ」
「そうよ、びっくりどころじゃないって。あんなに彼氏なんていらない興味ないの一点張りだったくせに」
「しかもおかしいじゃない、冥、あんたには東条先輩がいるでしょ!」
「え…いや…あの…」
「どういう事?」
振り向いた途端一気に捲し立てられた。
もう一人の方は隣の空いた机に腰掛け、弁当を開きながら同じく捲し立てる。
ざわつく教室、結構な声量にも誰も気にした様子はない。
「付き合うつもりはないですよ?でも…しつこかったから、少し考えさせてって言っただけです」
「…なんだ。てっきりOKしたのかと思った」
「よく考えたら有り得ないよね。あの東条先輩と幼なじみっていう美味しすぎるポジションで、荒瀬なんかと付き合うはずないっか」
隣の席で卵焼きをつつき、かたやダイエット中だからとお茶一本の友人。
二人を見比べながら冥はぽつりと問う。
「そこで何で全の名前が出てくるのかは疑問なんですけど…」
「幼なじみって美味しいのよ、いろいろと」
「私にとっては今はケーキの方が魅力的だけど!…あー…お腹すいた」
色恋沙汰の噂はあっという間に広まるらしい。
告白されたのは今日の朝だったというのにこの有様だ。
この分だと他にも広まっているかもしれない…─。
自分の弁当を用意しながらそう思ったのとほぼ時を同じくして、女子生徒達の声のトーンが一瞬落ちた。
「冥」
教室の後方から、聞き慣れた声に名を呼ばれてほぼ反射的に立ち上がる。
すぐに立ち上がる必要はなかったかと思ったのだけれど、
「…冥、ちょっと話があるんだけど、今大丈夫?」
「大丈夫。…ごめんなさい、ちょっと話して、」
「気にしない気にしない、私らの事は後回しにして行ってきなさい」
「……はい?」
聞き慣れた声に見慣れた姿。
自分を呼んだのは一つ年上の幼なじみ。
何だかまわりは自分と彼をそうは見ていないみたいだと感じていたが、冥から言わせれば“面倒見のいいお兄さん”である。
もっとも、人当たりがよくバスケ部のキャプテンだなんて肩書きがある彼が女子から人気を集めている事くらいは知っているが。
(…私には、関係ない)
心内で呟いて自分を待つ全の元へと小走りで駆け寄る。
駆け寄って、それで。
「…あっ!」
教室の入り口の桟に思いっきり躓く。
躓きながら瞬時に脳内では二つの事を考えていて、一つは前もここで躓いたという事。
そして、もう一つは。
「…っと、毎度危なっかしい。気を付けなきゃ駄目っすよ」
「…ごめんなさい…!」
後ろの方で何やら女子の黄色い悲鳴と男子の盛大な溜め息が聞こえた。
そして冥はと言えば、半ば全に抱きすくめられる形で身体を支えられているという事。
慌てて身体を離したがやっぱり教室のざわつきは治まらない。
「あの、」
「早く、行くよ?…この状況に長居したくないでしょ?」
全はほんの数秒だけ苦笑いの表情を見せたものの、冥と視線が合った途端視線を泳がせて小声で呟く。
それに頷いて足早に歩き出した全の後を追いながら。
「あれで付き合ってないってのはやっぱり不思議よね!」
背後から聞こえてきた声に一瞬立ち止まりかける。
「冥?どうかした?」
「いえ…!今行きます」
全とのこの関係性が端から見たら異質であろう事くらいはいくらちょっと鈍かろうが、冥も流石に分かってはいる。
けれども仕方がない。
─この不思議な距離が、今は心地よいのだから。
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