09
任務地はドイツ。その南西にある森の近く。汽車で揺られながら向かう。

指令室で貰った資料を、指定された個室で読み(ふけ)る。読み進めていくうちに、とあることに気がついた。


「ねー、神田。これってさ、『ヘンゼルとグレーテル』みたいじゃない?」


夜な夜な、子供の兄弟――兄と弟、兄と妹、姉と弟、姉と妹と、組み合わせは決まっていないらしい――が行方不明に。1組の兄弟が、失踪前日、森から甘い香りがすると証言している。行く先に魔女が住むお菓子の家があれば、グリム童話の『ヘンゼルとグレーテル』そのままだ。


「……成程。だが、そんな推測はどうでもいい。問題はアクマかイノセンスかってことだけだ」

「そーだね」

「……お前、そういうのに(こだわ)る奴かと思ったが、そうでもないんだな」

「どーだっていーじゃん、結局は。アクマなら壊す、イノセンスなら回収。それでいーじゃん」


そう考えるのが楽だ。目標は絞り込めば絞り込むほど集中しやすい。

汽笛が鳴った。どうやら目的地に着いたらしい。下りようと腰を上げた時に、神田が一言。


「お前が死にかけようが、任務遂行の邪魔なら見捨てるからな」

「上等だよ」


笑顔でそう答える。助けなんて必要ない。自分の力で何とでもするさ。しかし神田に睨まれた。


「なにー?」

「お前、その目を止めろ」


その目。どの目? この目? 私の、目? 内心の動揺を悟られないよう、微笑のまま首を傾げる。(かん)に障ったのだろう。舌打ちをして神田は続ける。


「感情のねェ目でヘラヘラ笑うな。気色悪ィんだよ。兎野郎と同じ目ェしやがって」


否定。指摘。止めろ。踏み込むな。それ以上。境界が。私が。止めろ、止めて。しかし神田はそれ以上何も言わなかった。表情を隠すように、前髪を掴む。


「……神田って、人のこと見てないようで、実はよく見てるよねぇ」

「何か言ったか」

「べっつにー」


同じ目、か。ラビの、あのガラス玉の目と。感情のない目。こっちに来てから、指摘されたことはないというのに。

不意に、元居た世界の友人を思い出した。覗かれたくないブラックボックスの中に入って、人の痛いところを指摘してきた、あの子を。何故だか、帰りたくなった。教団にではない。元の世界に。無性に泣きたくなった。ホームシックだ。こんな感情、持っているとは思わなかったのに。


「……ごめん。これ、治せないから。直らない、から」

「任務で足を引っ張らなければいい。いくぞ」


そう言ってさっさと部屋を出ていった。頬を叩く。しっかりしろ、私。


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