滅亡
だだっ広い、真っ白な場所。
故郷――いや、そのレプリカである此処に、ヴァンは佇んでいた。
「……お前達か」
カツリ、響いた足音は、二人分。
目を開けば、其処に居たのは双つのアカ。
「何をしに来た?」
二人は口元を歪ませ、言った。
「「お前を裁きに」」
暇潰しだ、と。
その言葉に、ヴァンは眉根を寄せる。
「計画の邪魔はしないのではなかったか?」
「うん、そう言ったよ?」
「だがなぁ、ヴァン――」
――「「俺達が下す罰は、その程度では済まさない!」」
怒声が響き渡る。
まるで一人が喋っているかのように、区切りも、声色も、抑揚ですら一寸のズレも無く重なる。
「温いんだよ、お前のヤリカタ。情に絆されたかつての主や、自分の妹は助けようなんてさ」
「従わない者は、邪魔な者は斬り捨ててしまえよ。情は要らない。人の心すら棄ててしまえ」
「「俺達の様に!」」
そう言い放ち、嘲るように嗤う二人。その眼は何処までも昏く、まるで一条の光すら通らない深淵の様。久方ぶりに感じた恐怖。危険だ。この二人は、危険すぎる。そう、本能が警鐘を鳴らす。ヴァンは思う。何故、この二人の闇を汲み取れなかった、と。
「そろそろ、か……」
ルークはちらりと後ろを振り返り、そのまま傍らのアッシュと目配せをする。
刹那、肉薄。
殺気に、ヴァンは防御の構えを取る。二振りの剣が、全く同じ型で、しかし鏡の様に反転して、襲来する。
拮抗する力。
膝の裏に不意打ち。転倒し、受け身を取ったところに、二人は隠し持っていたダガーを肩に突き刺す。足がその柄を蹴りつける。体重の乗ったそれは、肩を貫通させ、地面に達するのに十分だった。
自身を地面に縫いつけている刃を抜こうとした瞬間、両の掌にナイフが打ち込まれる。肢も躊躇い無く、刃が突き立った。
「さて、何処まであれば人だ?」
一閃。刃が閃き、指を落とす。
「何処まで無くせば、人じゃなくなる?」
刺突。刃が突き立ち、肉を抉る。
子供が、玩具の仕組みを暴く様に。
科学者が、新たな標本を解明する様に。
純粋無垢な好奇心。
一番恐ろしい、人の感情。
白い大地にぶちまけられた赤。
色濃い血臭が吐き気を誘う。
自分達以外に、誰が。
その疑問は、すぐに解けた。
「遅かったな」
赤に染まった紅。べっとりと、白い肌にまで飛んだ血は、決して彼のものではない。
では、誰の返り血か。
「でも、良かったじゃん。面倒な敵と戦わずに済んで」
同じく鮮血を浴びた朱が、ほら、と見せてきたモノは――。
「兄さんッ!!」
肉親であるティアが悲痛な叫び声を上げる。
ルークが持っていたのは、ヴァンの首。断面を指でなぞると、二度と動く事のない唇に、リップ音を立てて軽く触れるだけのキスをする。
即座に反応したのはアッシュ。ルークからその首を奪い取り、力一杯それを地面へと叩き付けた。頭蓋が割れて脳漿が漏れ、眼球が視神経の尾を曳いて飛び出す。止めと言わんばかりに超振動を放ち、輝きを浴びたそれは跡形も無く消え失せた。
「あーあ、壊れちゃった」
「あんなモノに触れるな。お前が汚れるだろう?」
「あはは。うん、ゴメン、アッシュ」
アッシュの指が、ルークの形のいい唇をなぞる。そのまま顎に指をかけ、引き寄せるようにしてそれと重ねる。こちらにまで水音が聞こえてきそうなほど、深く。
常であれば恋人同士での甘い一時、と済ませられるだろう。だが、この状況では狂気じみた行動にしか見えない。
漸く二人が離れる。間を繋ぐように紡がれた銀糸を、ルークが楽しそうに指に絡め取った。
不意に、アッシュが剣を抜いた。反射的に皆の手が各々の武器を掴む。その様子を見、嘲う。
「ハッ、折角特別席を用意してやるんだ、まだお前らは殺さねェよ」
ルークの掌が輝く。
光が収縮していき、其処に収められていたのは、赤い宝珠。それを、アッシュが持つ剣に嵌め込む。完成された“鍵”。二人はそれを地に突き刺す。陣が展開され、その中に焔が現れる。
「久しぶり、ローレライ」
《暫くぶりだな、我が愛し子達よ。して、事は全て成し遂げたのか?》
「十分だ。さっさと仕上げるぞ」
「うん。飽きてきたし、もういい」
「「最後の、粛清を」」
《承知した》
第七音素が、満ちる。
否、全ての音素が、荒れ狂う。
「何を――ッ!?」
「ああ、安心しろよ。さっきアッシュが言った通り、お前らは殺さないから」
「全てが滅んでいく様を、お前達は生きて見続けろ」
「唯、指を銜えて見ていることしかできないけどな」
「精神崩壊や自殺なんてさせない。他の者達に殺させもしない」
「逃しはしないよ」
「生き地獄を味わえ」
「「これが俺達からの、お前達への罰だ!」」
(五人の
罪人は追放された)
(その命、狙うこと勿れ)
(主より七倍もの報復を与えられよう)
今更赦しを乞うたって、もう遅い!
――――
カプリッチオ=狂詩曲
2009/11/20
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