そして僕は世界を駆ける
呆然と、俺は目の前の顔を眺めていた。
「どうした、アッシュ」
問い掛けには答えない、答えられない。何故だ、何故ここにこいつがいる。むさ苦しい髭を毟りたくなる衝動に落ち着けと自身を叱咤する。……どうやら相当混乱しているらしい。
まずとにかく、俺は死んだ筈だ。ああ、もしかしてここは死後の世界か。レプリカがうまくこいつを倒したのはあいつの中で“観て”いた。自分の死体落ちてくるところも、そして、レプリカが乖離していく様も。
頭を振り、沈んだ思考から抜け出す。今はそんなことを考えている場合ではない。
とりあえずここを死後の世界だと仮定しておくが、何故かこの部屋に見覚えがありすぎる。コーラル城でレプリカを作った後、ダアトに監禁されていたのだが、そのときの部屋に酷似している。何故だ、記憶を写し出しているのかと更に混乱していると、突如頭の中に声が響いた。
《アッシュ、私の半身よ》
「(てめぇ、ローレライか! おい、ここは何処だ!)」
《ここは過去。私の気まぐれで時を戻した》
「(はぁッ!?)」
おい、いいのか、そんな軽いノリで時間を戻していいのか、ローレライ。
《というのは嘘だ》
「…………」
何だこいつ。こんな奴を解放する為に俺達は頑張っていたのか。というより、こいつこんなキャラだったか、もしや今までの仰々しさは演技でこっちが本性か。
《死にゆくお前達を見ていられず、助けようとはしたのだが……乖離を起こしていたルークは私の中に溶け込んでしまった》
「(! ……ッ、そうか……)」
《せめてお前だけでもと、時を戻した》
あいつは消えたのか。何とも言えぬ喪失感が襲う。
《とりあえず時を戻すことに専念していたので今がどこかわからぬ。そこの〈栄光を掴む髭〉にでも聞け》
……お前そっちが本性だな? それで間違いないな?
適当さに呆れつつ、だがいつまでもこうしてはいられない。現状把握すべく、訝しんでいる髭へと問いかける。
「おい髭、今何年だ」
「アッシュ、私は髭という」
「うるせェ老け面てめぇなんざ俺の質問に答えてりゃいいんだよその髭毟るぞそれともなんだ髭が嫌なら眉毛かとにかく質問に答えやがれ」
いじけた後、ND2010年だと答える(いい歳していじけんな、気持ち悪ィ)。……レプリカが作られた年か。髭はアッシュと呼んだのでもうあいつはバチカルか。ならば。
「(……ローレライ)」
《何だ》
「(俺の好き勝手にさせてもらうぞ)」
《無論》
ローレライのこの言い方には驚いた。歴史を書き換えてもいいのか。むしろやっちまえ、と親指を立てていい笑顔を浮かべている光景が目に浮かぶ。……きっと幻覚だろう、あいつに実体はない。とりあえず、神のような存在であるローレライから了承を取れたのだ。
「……今行く、レプリカ」
バチカルから誘拐……連れ出して、俺好みに調教……ちゃんとした教育をしてやろう。あんな鳥籠に幽閉させたり、髭にいいように使わせたりしねェ、俺が助けてやる。
「ま、待てアッシュ、何処に」
「うるせェ髭は黙ってろ」
手の平を髭に向け、超振動を発動する。すんでのところで逃げたらしく、髪が少々消滅しただけだった。チッ、どうせならハゲになっちまえばよかったのに、むしろ存在自体消えればいいのに。何にせよ、その隙に逃走を謀る。
走り去りながら俺の胸に沸き起こったのは、憎悪でも憤怒でもなく、再び半身に巡り会えることへの歓喜だった。
そして僕は世界を駆ける。
(待ってて僕の愛しいひと!)
バトンのお題。
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