必死の逃走劇

「はッ……はッ……」


苦しい。けれど、立ち止まってはいけない。逃げる為に走り続けなければ。
限界に近い体を、それでも尚叱咤して、必死に走りつづける。
後ろからは足音。それは余裕そうに軽快だ。向こうは歩いている筈なのに、一向に逃げられない。


「クククッ、レプリカ。俺から逃げられると思うなよ……?」


まるで、耳元で囁かれる様に。傍には居ない筈なのに、そう錯覚させられる。ゾクリと、背筋が凍った。
怖い。いつもは愛しく感じる彼に、恐怖を覚えた。


「どうした? 鬼ごっこはもう終わりか?」

「ッ! な……ッ!」


角を曲がると、そこには壁。丁度袋小路へ入ってしまった様だ。
後ろからは足音。逃げ場が、ない。


「くそッ……!」


壁に背を張り付け、乱れた息を整えつつ、自分を追う人物が来るであろう角を睨みつける。
足音はすぐそこ。逃げるような猶予もなく、彼――アッシュは現れた。自分と酷似した顔に、薄ら寒い笑みを浮かべている。髪は深紅。冷えた翡翠の目に捕らえられ、身が竦む。
どうする、どう逃げる。考えている間にも、わざとらしく足音を立てて自分に近づいてくる。一歩一歩、自分を追い込む様に。


「く、来るなッ!」


一体、仲間達は何処に行ったのだ。彼に追われる前には、彼が豹変する前には、彼と出会った時には、一緒に話をしていたのに!
彼が豹変したその瞬間に、仲間達も居た筈。なのに、どうして助けてくれないんだ?
そんな思考を読んだかのように、彼は言葉でさえも俺を追い込む。


「ハッ、あいつらはテメェを見捨てたんだよ!」

「う、嘘、だ……嘘だ!」

「嘘なんかじゃねぇ。皆呆れていたぞ? ははッ、可哀相になあ? レプリカ。だから大人しく――」


――俺に捕まれ。


「……嫌、だ」


そう言った瞬間、物凄い音を立てて顔の傍に腕をつかれる。反射的に背けた顔が、強引に上げさせられた。


「随分反抗的だな……。仕置きが必要か?」

「……ッ」


気迫に押され、みっともなく喉が鳴る。
ダメだ、このままでは。こいつに、いいようにされてはいけない。


「それでも……嫌だ」

「……何故だ」


不機嫌そうに眉が寄る。ゴクリと唾を飲み込み、そして言い放った。


「何、で……。

何で俺が『モンコレレディ』の恰好しなきゃいけねぇんだよ! あれはティアの称号だろ!? それ以前に俺は男だッ!」

「知っている。だが似合いそうだからいいじゃねェか。他の奴らも見たいと言っていたぞ」

「ちょッ、マジで皆俺のこと見捨てたのかよ、酷くねェ!? ま、まずとにかく、俺はそんなの着ないからな!」

「『モンコレレディ』は嫌か? なんなら『リトルデビっ子』でも……」

「いやいやいやいや、それせめてハロウィンにやれよ……、じゃなくて! そんなもん着させんなよ! 大体お前! 同じ顔の奴が女装なんてしてたら嫌だろ!?」

「同じ顔だと? どこがだ。お前は俺と違って可愛いだろうが。それを理解していないからテメェは屑なんだ、この屑」

「うわ鼻血しまえよキモいな! てか褒めてんのかけなしてんのかどっちかにしろ! それ以前に女じゃねェんだから可愛いなんて言われても嬉しくねェんだよ!」

「……どうしても嫌だと言うんだな?」

「当たり前だ馬鹿!」

「そうか……」


壁に押し付けたまま、アッシュは俯く。やっと分かってくれたか……と、安堵しかけた時。


「なら、無理矢理着せるまでだ」

「え? ……ちょ、アッシュさん? 目が据わってるんですけど?」

「安心しろ、他の奴らには見せない。誰が見せるか、こいつは俺のものだ」

「いや冗談ですよね……ってマジで脱がすな! 止めろッここまだ街――ギャーッッ!!」


必死の逃亡劇
(って、終わるな助けろ!)
(待ちやがれ屑ぅうぅー!)


2010/03/12


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