逃れる術すら既に無く
「ねぇ、ちょっと、聞いている?」


シンクの声。ここは、また。


「……今日は、 か」

「はぁ? そうだけど?」


やはり。これで、何度目。
崩れるように膝をつき、後ろに撫でつけられた前髪を乱す。そのまま眼窩に指をかけ、抉るように引っ掻く。


「……何がしたい、ローレライ」


地殻に居るローレライに向かうかのように、床を掻き毟る。自身の事など、省みずに。


「ちょっと! 止めなよ!」


シンクの声に、ピタリと動きを止める。爪が剥がれ、剥き出しになった肉から流れた血が、手袋を赤黒く染めてゆく。それを無表情に眺めた。


「業は、俺達を逃しはしないのか。ならば何故時を戻す? 未来が過去を決めているんだ、何も変わらない時に戻って何になる? 何度繰り返せば俺達を解放する? まだ俺達を深淵へ突き落とし貶めるのか」


いつもと違う雰囲気に圧倒され、口を引き攣らせつつもシンクは問う。


「……何? 気でも狂った?」

「あぁ、そうかも知れない」


皮肉気な問いに、あっさりとそう答える。腰に剣があることを確かめ、何事もなかったかの様に立ち上がる。今、この手で現況を仕留めてしまおう。もしかしたら何か変わるかもしれない。繰り返さないかもしれない。終止符が打たれるかもしれない。
何れにせよ、この螺旋から抜け出せるのであれば。


「……違う」


手の掛けられた扉、しかし、それが開かれることはなかった。


「足掻いても抜け出すことは出来ない。結末はいつでも同じ。無限回廊に囚われた俺達は、永久に繰り返すのみ。業からは逃れられない」


時と業の螺旋迷宮。逃れる術を持たない俺達は、唯無抵抗に呑まれてゆく。


「何なのさ、一体……」


シンクの嘆息が聞こえてきた。何も知らない彼らが羨ましい。俺達は、余計なことまでも知ってしまった。


「ユリアのシナリオは、滑稽すぎる。それを演じさせられていると知っても尚、それ通りにしか生きられない、否、嬉々として演じている者達。予定調和のそれは、幾度も演じさせられている俺達には不変すぎて退屈だ。違う終幕は望めないのか? 何故こんなにも絶望的な終わりを望んだ? 何故こんなにも俺達を苦しめる? 俺達が違った存在ならば、ローレライの産み子でなければ、いやそもそも存在しなければ、何か変わったのか?」


誰に問いかける訳でもなく、うわ言のように繰り返される問い。


「もう殺し合いは御免だ。結末を唯一知り得るあいつと、俺と同じ存在であるあいつと、殺し合う必要が何処にある? それとも、殺し合ったこの先で何処かに救済があるのか? ……もう疲れた。頼むから、眠らせてくれ……」


力なく呟かれた言葉に詰まった切望。
しかし、それを叶える者は、いない。
唯二人は、永遠の時を繰り返すのみ。



逃れる術すら既に無く
(意志とは裏腹に唯生かされる)
(まるで罪人の様に)


2009/11/08


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