破鏡
真白な空間。誰かの音が、歌が、まるで子守唄の様に響いている。
其処に、鏡合わせの双子が眠っていた。
一方は紅、灰の名を持つ者。
一方は朱、光の名を持つ者。
意味は違えど、どちらも〈聖焔〉を冠することに変わりはない。二人は、神の戯れにより分かたれた、元は一つだった存在。

不意に、二人が目を覚ます。互いに互いが居ることに安心し、確かめるように繋いだ手に力を込め、また眠りにつく。
揺り籠の様な、母胎の様な、心地良いこの場所。其処に、二人は唯在るだけ。

本来であれば、消える筈だった二人。第七音素意識集合体の計らいにより、その難を逃れた。
しかし。
神とされるものの力を以ってすら、唯の一時凌ぎに過ぎない。
ヒカリが朱に纏わりつき、そのカラダもまた、綺羅と輝きを放つ。
片割れの存在が希薄に為り始めたことに気がついた紅が、朱に問いかける。


何故、お前は消えかけている?

……違うよ。消えるんじゃない。
俺は、お前に還ろうとしているだけ。

俺に……? 何故だ?
大爆発。完全同位体にのみ起こる、特殊な現象。

ああ、知っている。
だが、あれは被験者がレプリカに――。

多分、お前が知っているのは違う。
大爆発は、レプリカ情報を被験者が回収する時に起きる。
特殊なコンタミネーションみたいなものだ。
だから、俺はお前に還るんだよ。

……だ……。

……?

嫌だ、どうして、お前が……ッ!

……仕方ないよ。
むしろ、俺はお前を生き返らせられるんだから、嬉しいくらいだ。

お前が消えるんだったら、生き返らせてほしくなんかない!
どうしてそう、いつも受け入れられるんだッ!?
本当は消えたくはないのだろう!?

…………ッ!!
……でも、そうしないとお前が――。

そんなものは関係ない!
足掻けよ!
そんな理不尽なこと、受け入れるな!!

違う、理不尽なんかじゃ、ない。
なあ、それよりも、還ったら、さ。皆に、約束、守れなくてゴメンって、伝えてくれないか?
そうしたら、俺の事なんて忘れてもいいから。

忘れろなんて、言うんじゃねェよ……ッ!!
そんなに消えたいのか、テメェはッ!
嫌なら嫌だと、怖いと言え!!
俺を伝書鳩代わりに使うな!
そういうことは、自分で伝えろ!

――ッ!
……俺だって消えたいわけじゃない、折角、お前と会えたのに!
もっと、お前と一緒に居たいッ!

くッ……どうして、いつも俺達ばかりが……ッ!
世界なんて救えたって……ッ!!
お前を助けられないなら、意味がないじゃないかッ!!

……ごめん、ごめんな。
お前の重荷になるようなら、俺の事は、忘れていい、から……。

いや……だ……。
嫌だ、頼む、消えるな、消えないでくれッ!
俺を残して逝かないでくれ……ッ!!


ヒカリとなってゆく朱の体を、形を留めさせるように掻き抱く紅。
しかし、現実とはあまりに惨いものだ。
片割れがセカイから消えていくという、発狂しそうなほどの喪失感。身を裂かれるような苦痛に、紅は唯々絶叫を上げた。
朱であったヒカリは紅の元へと還ってゆく。耐え難い辛楚な記憶、押し隠されていた感情。半身の持っていたそれらが、止めどなく流れ込み、溢れる。


歪む視界。白が、鮮やかに色付けられてゆく。風に乗り、聞こえてくる歌。乱れた息のまま、周囲を見渡す。白い花が、月明かりに照らされ、輝いている。
半身の姿を求めて更に視線を彷徨わせる。しかし、あの朱を見つけ出すことは叶わなかった。
と、不意に、音が消える。何故か行かなければならない気がして、音の発生地であろう場所へ、歩を進めた。
先程まで歌っていたであろう女が、何かに感づいたように此方を振り返る。


「どうして……ここに……?」


何故。そう問われた所で、自分は答える術を持たない。気がついた時にはもう此処に居たのだから。困ったようにもう一度周囲を見渡し、そして理解する。


「此処からなら、ホドが見渡せる」


あいつが消え、自分が一度死んだ、あの場所が。だから、此処に居たのだろう。


「それに……約束したからな」


あいつと交わした約束。それも、こうして彼らと会った事で果たされた。
紅は、空を仰ぐ。
二人で一つだった自分達。こうして片割れが居なくなった今、一人ではもう立てない。


――もう、いいだろう?


半身の居ない、色付かない白黒の世界。此処に、二人で生きたという証を刻みつけたら。
お前の傍へ、向かうよ。




作業BGM:闇のダンスサイト/ブーメランパンツP feat.鏡音リン、鏡音レン
2009/11/14


- 2 -
*prev | next#
return
top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -