Sweet panic!
雲一つない真っ青な空。冬に近い時期ではあるが、今日は温かい。
そんなピクニック日和の中、ルーク達一行は、バチカルのファブレ邸の中庭にどでかいテーブルを置き、パーティーを開いていた。
世界崩壊の危機が迫っているというのに、ここの人間達はお構いなし。


「……で、なんで俺はこんな恰好で此処に居るんだ?」


狼男に扮装し、今更なことを問う彼は、六神将の一人、〈鮮血のアッシュ〉と謳われていた、ルークの被験者。
何故いつも別行動をとっている彼が此処に居るのかというと、パーティーが開かれる際、ルークが「……アッシュは来ねェのかな……」と呟いたことが始まり。
ルーク至上主義者のメンバーが珍しくも団結し、まずアッシュの元婚約者であり幼馴染のあるナタリアが彼を油断させてティアの譜歌で眠らせアニスがトクナガで捕縛、ジェイドの作った薬品で狼の耳と尾を生やせガイにより衣装替え。
そんな経緯があるのだが、彼の知る由もない。

そんな彼も、ミイラ男に扮したルークの包帯の量に「レプリカッ!? どうしたその包帯まさか大怪我でもしたんじゃないだろうな回復術でも間に合わないくらい酷いのかというか何やっているんだお前らは死んでもコイツを護れよ盾にもならねぇ役立たず共傷一つつけるなっつっただろうが屑がぁッッ!!」などと一息で喚きたてたのだから、ルーク至上主義者の一人であることに変わりはないのだが。

閑話休題。話を戻そう。


「気にしちゃダメだよアッシュ。ほら、アニスちゃん特製のお菓子でも♪」

「…………」


仏頂面でクッキーの詰まった袋を受け取り、黙々と咀嚼する。今日分かったことなのだが、意外にもアッシュは甘党だった。
甘いものは苦手だろうと思い珈琲(ブラック)を与えたら、口元を引き攣らせ、胸焼けを起こしそうなくらい砂糖とミルクを大量投入していた。
とりあえずまあ、ドロドロとはしていなかったから全部融け切ったようだが、流石はルークの被験者といったところか。

そんなアッシュであるから、今ではすっかりアニスに餌付けされている。
その証拠に、先程まで不機嫌を表すかのように椅子を叩いていた尻尾が、ゆらゆらと嬉しそうに揺れている。


「……ガイ、気持ち悪い顔してますよ」


微笑ましい様子に表情筋を緩める、否、緩め過ぎているガイを窘めるジェイド。
手にしている赤ワインが、その格好からかどうしても血を連想させるのだが気のせいだろうか。
害が気持ち悪いと言われたことに撃沈しているが、面倒なのでスルーさせてもらう。


「アッシュ、ゴメンな……? 俺が『来ないかな』なんて言っちゃったせいで。迷惑……だったよな……?」


泣き出しそうに潤んだ目での上目遣い。攻撃力は鍛えられた魔剣ですら霞む程。周りからは『泣かせた者は即死刑』と無言の圧力。
さて、色々喰らって死にそうなアッシュはどうするんだか。


「う……ッ、あぁ、迷惑だよ、こんな時にパーティーなんかやりやがって! だが関わっちまったんだ、仕方ねェ、最後までつきあってやる。か、勘違いすんなよ! 別にお前に会いたかったわけじゃねェからな!」

「ホントかッ! ありがとアッシュ!」


前半と後半は綺麗に聞き流し抱きつく。一見ルークが悪女の様に見えるが、これは全て素。素です。素なのです。
まったく穢れのない純粋な子だからこそできる芸当。無自覚なんで逆に怖い。

それはいいとして、このメンバーの中で誰かまともな人間はいないだろうか。
アッシュはこの調子だし、ガイはアッシュに敵意むき出し、ティアは「アシュルク……ッ!」とか言って貧血寸前、ナタリアは「仲直りしてよかったですわ」と少々的外れ、ジェイドとアニスは――。


「まーまー、その辺にしといて! 折角のお菓子、アニスちゃんが全部食べちゃうよーぅ?」

「そうですね、こうしてパーティーを開いたわけですし、頂きましょうか」


いました、まともな人間。良かった、漸く収集がついた。
その言葉に目的を思い出した一行は、眼の前の大量の菓子を見やる。
ケーキにシフォン、クッキー、パイ、ショコラ……よくもまあ、こんなにも作ったものだ。
切り分けられたケーキが、今か今かと待ち構えているルークとアッシュ(表面には全く出ていないが、耳や尻尾が動いている)や、皆の前に置かれてゆく。


「まぁ、美味しい! これ全部アニスが作りましたの?」

「ううん、違うよー。調理場使ってたら、そこの料理人達が快く手伝ってくれたんだ♪」


……確かに最初の内は『快く』だったが。
その料理人達が今は厨房で屍と化していることから、アニスにこき使われたことがよくわかる。
それを唯一知っているガイは、女って怖ぇー……、と呟いていた。


「……? どうしたの、二人とも?」


我先にと言わんばかりの勢いでケーキを食べていたアッシュとルークだったが、フォークが止まっている。
甘党の二人だ、残すとは考えられないと訝しんだティアが問う。
ぎぎぎ、と錆びた機械の様に鈍い動きで、二人は視線のみを合わせる。
そして。


「「これ、ニンジン入ってるだろ!!」」


同時に絶叫。流石は完全同位体、見事にズレがない。いや、それはいいとして。


「ニン、ジン……?」


もう一人のニンジン嫌いが顔を青ざめさせる。どうやら気付いていなかったらしい。


「うっそぉ!? 何でわかったのー!?」

「やっぱり! 何でケーキにニンジンなんて入れるんだよッ!?」

「……悪いな。俺が頼んだんだ」

「「はぁッ!?」」


犯人だと白状したガイに詰め寄る二人。
……心なしか害の顔が緩んでいるように見えるのはきっと気のせいだ、目の錯覚だと思いこみたい。


「いや、甘いものに混ぜれば分からないかと思ったんだけど……無理だったみたいだな」

「嫌いなものは嫌いだって言ってるだろ!」

「害ッ! テメェ何喰わせんだよッ! 焼き払うぞ!?」

「いやアッシュ、それはやりすぎ……」


責められていようが、近づいてくれれば害にはどうでもいいらしく、顔がにやけている。なんかもう変態でいいと思う。


「凄いですわね、わたくしにはちっともわかりませんのに」

「苦手なものほどどうやっても分かるといいますしねぇ。まさかこれでもわかるとは思いませんでしたが」


天然王女と鬼畜眼鏡はのほほんと会話している。
ティアは端っこで落ち込んでるし。かと思ったら、慰めに行ったミュウを圧死させかけている。とりあえずミュウに合掌(いや、死んでない)。
アニスは半眼で呆れている。もうツッコむ気力すらないらしい。


「ところでアッシュ、いつまで口元にクリーム付けてる気だ? 喰われたいのか?」

「あ、ホントだ」

「んな……ッ!? ど、どこだ!?」


……なんとまあ、可愛いことして。必死に拭おうとするが、鏡があるわけではないので悉くその位置を外している。
見かねたルークがアッシュの腕を掴み。


――ぺろッ


「「「!!!?」」」

「うん、とれた。……あれ? どうしたんだ?」


固まった皆をきょとんと見回すルーク。
そりゃあ固まるだろう。
なんせ、いきなり口元のクリームを舐めとるという、王道的シチュエーションを披露して見せたのだから。
見る間にアッシュの顔が髪と同じくらい赤くなってゆく。
ガイはと言えば、わなわなと震えたかと思うと、刀を抜きアッシュの名を叫んで斬りかかっていった。
アッシュも伊達に六神将をやっていたわけではない。即座に反応し応戦。
それを止めに入ろうとするルークとナタリアをアニスが引きとめる。
ティアは「略奪愛、争奪戦、三角関係。ふふ、バイオレンスな昼ドラ……」とかブツブツ呟いている。正直怖い。ミュウが若干引いている。
乱闘に為り始めたこの場を、涼しげな笑みを浮かべながら、ジェイドは傍観する。
暫しの後、立ち上がったかと思うと、この場からは死角となる屋敷の影へと向かう。


「奥様、いい物は撮れましたか?」

「ええ、もうバッチリと」


其処に居たのは、アッシュとルークの母であるシュザンヌ。その周りには、様々な種類のカメラが。


「ご協力ありがとうございます、ジェイド殿。お陰でいいものが見れましたわ」


カメラの画面に映るのは、ルークがアッシュの頬からクリームを舐めとっている瞬間。


「いえいえ、私は何も手出ししていませんよ」

「ですが、このパーティーの発案者は貴方なのでしょう? 感謝していますよ」


戦闘音を背景に、二人の笑い声。
……平和な日は、当分来ないだろう。

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