13
走る、走る、走る。
俺を捕えようとする兵から逃げる。彼の手がかりである本を手に、入り組んだ道を行く。時に本の山を崩して追手を撒いたりしながら、目的の場所へと急ぐ。
此処は俺のテリトリーだ。毎日の様に此処に通いつめ、此処の地理を理解しつくした俺を捕まえられる筈がない。
真っ先に向かったのは本を隠した場所。残り4冊を全て引っ掴み、隠し通路に突進する。仕掛けを解かなければ通れない筈だが、今は何故か通れる気がした。案の定、見えない壁に阻まれることなく、すんなりと中に入れた。
此処までくれば、追手は来れない。だが万が一という可能性もある。少年の居る場所まで全力疾走。
彼が悪魔であろうと構わない。唯一自分を『自分』として認めてくれた彼と離れるなんて、出来やしない。
「ルーク? そんなに慌ててどうしたんだ?」
首を傾げる彼よりも、目に留まったのは、彼の持っていた本。今、手元にある物と同じ様な、朱色の本。
「お前、それ……!」
「ああ、これか? 元々此処にあったものだが……どうかしたのか?」
此処にも、1冊。偶然とは思えない。
そう言えば父上が、これが封印の媒体だと言っていた。確信。やはり、これに書かれている名が、彼の名。全ての本の文字の書かれているページを、次々と開いていく。
「ルーク?」
「A、S、C、H! アッシュ! お前の、名前だよ!」
「俺、の?」
困惑した表情で本の中身を見る。
「アッシュ……」
確認するように、その口唇が名をなぞる。
――此ハ悪魔ノ名
4ツガ集イシ時、蒼ハ緋ヘト色ヲ変エン
焔が、蒼から緋へと色を変える。それは、封印が解かれる時だとアッシュが言っていた。だとすれば、これで。
歓喜に顔を輝かせつつ、アッシュを振り返る。
――此ハ悪魔ノ記憶
封印ガ解カレシ時、彼ノ元ヘト還ラン
突然アッシュが頭を抱えた。
「い゛ぅ、あぁあ……ッ!」
「アッシュ!? どうしたんだ!?」
苦しげに唸りだした彼に駆け寄る。瞬間。
「ああルーク、全てを思い出せた。お前のお陰で」
――此ハ悪魔ノ力
契約ガ交ワサレシ時、彼ノ元ヘト還ラン
一瞬閃光が走り、檻が消えた。ばさり、と何かが風を切る音。次いで、唇に柔らかい感触。キスをされたのだと理解した時には、抱きしめられていた。
――此ハ悪魔ノ全テヲ封ズ
鍵ハ集メラレタリ今此ノ時、彼ハ解キ放タレン
少年であった筈のアッシュは、今や自分よりも年上の様。端整な顔には薄い笑み。背には蝙蝠を思わせる黒い翼。みすぼらしかった衣服は、いつの間にかどこかの貴族の様な質のいいものに。黒衣を纏った彼は、まさに悪魔。その美貌に魅入られ、唯彼を凝視していた。
「契約は為された。ルーク、お前に害為すもの全て、お前が憎むもの全て、俺がこの手で葬ってやる。誰にも、何にも傷つけさせたりはしない。俺の全てをかけて、お前を護る」
愛しむ様にアッシュの指が頬を撫で、唇をなぞる。
「だから、ルーク。俺と共に永遠の時を生きてくれるか? 愛しき君よ」
その答えは、言わずとも知れていた。
2010/02/05
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