小説 | ナノ
泣かせ田噛の話B

「んー…」
「おー…あ!やった!」
「あー!負けたー!!」
「よっしゃー!アイス奢りな!」
「くっそー…」

さっきまで必死に握っていたコントローラーを投げた。財布を持って立ち上がると、「オレチョコ!」と言われた。「一緒に来ないの?」と言うと、「めんどくせーもん!」と言われた。本当に正直だな。「よろしくー!」と言う声を背に平腹の部屋を出た。


アイスの入った袋をぶら下げて廊下を歩いていると、どこからかギターの音が聞こえた。ギターなんて、誰か弾けたっけか。ビニール袋に目を向ける。まだアイスは溶けなさそうだな、と思いソロソロと音のする方へ歩いてみた。この部屋かな、とのぞき込んでみると、田噛がいて思わずビニール袋を落とした。すると田噛も驚いたようで勢い良くこちらを振り向き、わたしの顔を見て眉を顰め舌打ちをした。

「…何の用だよ」
「え、や、よ、用はなくて」
「何でここにいんだよ」
「その、ギターの音が聞こえたから…た、田噛ってギター弾けるんだ、凄いね」

『歩み寄れ』そう肋角さんに言われたのを思い出していた。確かに同僚同士ずっと不仲なのは良くない。この前の事はきっと何かの間違いだし、気にすることはない。しかしわたしの必死の思いも、田噛の舌打ちで出鼻が挫けた。何がいけなかったんだろう。

「…勝手に聞いてんじゃねーよ」
「で、でも凄い上手だったよ!」
「上手いとか下手とか、テメー分かんねぇだろ」

返す言葉がなかった。黙って下を向くと、自分がアイスの袋を持っていたのに気が付いた。慌てて袋の中身を漁り、取り出したひとつを田噛に差し出した。

「…んだよコレ」
「あ、アイス!平腹とゲームして負けちゃったから買いに行ったんだけど…1個あげる!今日暑いし!」
「…ゲーム?」

アイスは受け取らないでそっちに食いつくんだ、と思いつつも、「うん、平腹の部屋でテレビゲームしてて…」と説明した。しかし言い終わる前に、田噛がギターの横に置いてあったツルハシを床に叩きつけた。ガン、と床にツルハシがくい込む音がして、それ以上なにも喋れなくなった。わたしはまた気づかない内に何が仕出かしたのだろうか。

「…殺す」
「ころ、えっ?」
「なんでもねぇ。おい、お前」
「は、はい」
「それ食わせろ」

それ、と顎で示されたものはわたしが持っているアイスだった。わたしの手の体温で少し溶けかけている気がする。その代わり手はひんやりとしていた。

「アイスくらい自分で食べようよ」
「だりぃ」
「でもわたし、平腹にアイス渡さないと、」
「…あ?」
「なんでもないです」
「俺がこの部屋を出る前にお前が部屋出たら殺す。社会的にも肉体的にも」
「ひぇ…」

なんでこんな使いっぱしりみたいな事をしているんだろう。いや、さっきまでも平腹の使いっぱしりだったけど今は田噛の奴隷な気がする。しぶしぶアイスの蓋を開くと、やっぱりわたしが触っていた辺りは溶けていた。付けてもらった薄っぺらい木のスプーンで掬おうとすると、溶けて液体と化した部分がでろりと手に垂れてきた。ちらりと田噛の方を見ると、頬杖をつきながらただこちらを見ていた。

「…あのう、拭くものを」
「あ?」
「て、手にアイスが…」
「ねぇよ。そのままでいいだろ」
「そんな」

仕方無く最終手段で服で拭おうとすると、田噛がわたしの手をぐい、と取った。え、と口に出す間もなく、生暖かいものがべろりとわたしの手を這った。反射的に手を引こうとすると、更に引っ張られた。そのまま指を口に含んで舐め回される。くすぐったさやら恥ずかしさやらで硬直していると、よくやくわたしの右手は解放された。アイスはもうほとんど溶けてしまっている。言葉が出て来なくて口を開けたり閉じたりを繰り返していると、「それ溶けてんだろ。そんなモン食えねぇ。新しいの買いに行くぞ」と手を引かれた。「え、え」と何が何だか分からないまま早足で館の外に引きずられて行く。さっきと同じく、外は雲ひとつなくて暑かった。額に浮かんだ汗を拭うと、「もちろんお前の金でだからな」と言われた。誰のせいでもう一度買いに行くハメになったと思っているんだろう。次のは半分こにできるやつでいいや。暑いから食べながら帰ろう。





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