小説 | ナノ
やけ酒した子と木舌

酒は命の洗濯だ、という言葉が思い浮かんだ後、あれ、それって酒だっけ?と思い返した。そんなことを考えているうちに、おつまみが少なくなっていることに気が付いた。瓶に入った酒はまだたっぷりある。食堂に忍び込んであたりめでもくすねて来ることにした。明日キリカさんにバレて怒られたら、それはそれだ。明日の事なんて知らない。勢い良く部屋のドアを開けて食堂に向かった。

フラフラとした足取りで食堂へ向かっていると、急に大きな影とぶつかった。鼻を押さえて蹲ると、「ああ、ごめんねぇ」という聞き覚えのある声が聞こえた。

「…木舌」
「あれ、なまえ?こんな時間になにしてるの?」
「飲んでたの」
「えっ、いいなあ!」
「おつまみなくなっちゃって」
「買いに行くの?」
「ひとつ食堂から失敬しようと」
「強気だなあ」
「面倒くさいんだもん」

ふらふらとした足取りで進もうとすると、後ろから木舌に腕を掴まれた。定まらない視線で「なに?」と言うと、「危なっかしいからおれも行くよ」と言われた。そんなにわたしの歩き方はおぼつかなかったのだろうか。

「飲むなら言ってくれれば付き合ったのに」
「急に飲みたくなったんだもん」
「また、ずいぶんと飲んだね。やけ酒?」
「そう」
「えっ」

まさか本当にそうだとは思わなかったらしく、木舌が驚きの声をあげた。目をぱちくりさせてこちらを見ている。

「…嫌なことでもあったの?」
「うん」
「失恋?」
「そう」
「えっ」

肯定するとは思わなかったのだろう、再び木舌がこちらを見つめたまま黙り込んだ。沈黙が続く。

「…うそだよ」
「なんだあ、びっくりさせないでよ」
「でも、失恋しかけてる」
「えっ」
「だから飲むの付き合って」
「…よし、お兄さんに任せなさい!色々溜め込んてた酒があるんだよね〜何がいいかなあ」

そう言って木舌は私の手を引きながら部屋の方へ歩き出した。「焼酎派?日本酒派?おれは今辛口の日本酒気分かなあ〜」と、沈黙を作らないように一生懸命喋っている姿がなんだか涙ぐましい。

「木舌、この前綺麗な女の人と肩くんで歩いてたでしょ」
「えっ」

何度目か分からない驚嘆の声をあげる。本当に何のことか分からないような顔をして、緑の眼が宙を見つめていたが、しばらくすると「あっ!」と思い出したように声をあげた。

「先週ね〜、肋角さんと上司の人と飲みに行ってさあ。接待ってやつ?」
「楽しそうだったね」
「あれ、なまえ見てたの?」
「たまたま通りかかって、我が目を疑った」
「そんな大袈裟な…」
「ああいう人が好きなんだ」
「…あの、なまえ?」

木舌がおそるおそるこちらを振り返る。様子を伺うように顔をのぞき込んで来たので、その顔に思いっきり手の平を叩きつけると、ぱしーん、といい音が深夜の廊下に響きわたった。木舌が「う」と言って頬を抑えたまま呆然と私を見つめる。

「不潔!」
「ちょ、ちょっと待って何のこと、ていうか声大き…、うっ!」
「目玉抉られて死ね!」
「えぇ、な、なんで!?」
「ヘラヘラして!」
「してないって!…っていうか、もしかしてなまえ……おれが女の人と一緒にいたから怒ってるの?」
「!!」
「あ、あれ、図星?…えーと…」
「デリカシーない!最悪!」
「いった!ちょ、誤解だってば!あれはただ経費で好きなだけ飲めるから飲んでただけで、お姉さんとは変な事はしてないって!」
「……」
「ほ、本当だよ…?」


大人しくなったわたしを見てふたたびおそるおそる顔をのぞき込んでくる。次は平手打ちをされないように顔の前を手でガードしていた。大きな手のひらの間から、緑色の眼と視線が合う。一通り怒りを発散させて冷静になると、なんだか気まずくて思いっきり睨んだ。しかし木舌が怯む様子はなく、それどころかにやりと笑った。


「なんだ〜、ヤキモチやいてたんだね」
「!」
「いやあ、全然分からなかったなあ。なまえも可愛いところがあるんだね」
「違うし!」
「はい、もう手を出すの禁止ね〜」

振り上げた手を木舌に掴まれる。ぶんぶんと振り解こうとしてみるが、一向に動かなかった。睨みつけても、木舌が楽しがるだけだった。

「おれ、この前のお姉さんより今のなまえの方が可愛いと思うけどな〜」
「は…?」
「ほんと、食べちゃいたくらい」
「なに言って…」
「よいしょ」
「う、わっ」

ふわりと足が床から離れて身体が宙に浮いた。なんだこれは、と思ったら木舌に身体を持ち上げられていた。「とりあえず、一緒に飲もうか。おれの部屋でね」と言ってすたすたと歩みを進めていく。反論しても叩いてみても、全く歩みを止める様子はなかった。騒いで人が来て、こんな姿を見られても恥ずかしいので諦めて大人しくしていると、「朝まで返さないからね」という木舌の笑いを含んだ声が聞こえた。これから起こることを想像して、恥ずかしいやら腹立たしいやらでも少し嬉しいやらで、顔を腕で覆った。







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