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斬島を好きになっちゃうはなし@

図書室へ来ると斬島くんが寝ていた。三人がけのソファーに少し窮屈そうに膝を縮こませて寝息を立てている斬島くんは、いつもの凛とした雰囲気を感じさせず普段はじっくりと眺められない野生動物の様だった。いつも仕事か鍛錬か食べている姿をたまに見かける事しかなかったので、これは中々レアだ。足音をあまり立てないように近付いてみたが、一向に起きる気配がない。せっかくなのでご尊顔をじっくりと拝見させて頂くことした。のぞき込むと、切れ長の眼は思いの外長かったまつ毛で覆われている。頬には血色と言えるべきものはなく、死んでいるんじゃないかと一瞬思ったが自分の肌色もそう変わらない事を思い出した。佐疫くんは洋風の美形だな、と前々から思っていたが、斬島くんはなんというか美しかった。よくできた日本人形みたいで、肌のきめ細かさなんて負けているんじゃないかと思い、思わず自分の頬を触ってみる。今日からちょっとスキンケアに力を入れようと決意した。

「斬島くん、部屋戻って寝なよ」

一応声をかけてみたが、「う…」と一声あげて寝返りを打っただけだった。眉間にシワが寄っている。声を掛けちゃ悪かったかな、いやでも平腹くんとかに見つかってイタズラされるよりはマシなはずだ。起きた瞬間寝ぼけて殴られたらどうしよう、と心配しながらも腕を掴んで揺さぶってみる。

「斬島くん、斬島くん」
「……」

起きない。それにしても意外と筋肉質なんだなあ。当たり前か、谷裂くんといつも稽古を付けているんだから。手を見ると、いくつかの切り傷が付いているのが見えた。絆創膏が数枚貼ってある。肋角さんから貰ったのかな。なんとなく手の切り傷に触れてみると、ぴく、と手が動いたので飛び上がりそうになる。しかし斬島くんが起きた様子はなく、ほっと胸を撫で下ろした。指先でそーっと傷をさすると、なにか夢でも見ているのか斬島くんの手がわたしの指を握った。どきりとして離そうとしたが、思いの他力が強くて指が抜けない。ど、どうしよう。起きても言い訳が思い付かない。斬島くんが起きてしまった場合、この人は素直だからあまり疑われずわたしの言い訳が通るかもしれない。でも他の人が来たらどうしよう。酔っ払った木舌さんだったら?暇を持て余した平腹くんだったら?考えただけで嫌な予感しかしない。最悪明日からわたしのあだ名は斬島くんの寝込みを襲おうとした痴女にでもなりかねない。多少強引だけど力づくで斬島くんの手を離そうとすると、閉じていた目がゆっくりと開いた。青い双眸がわたしを捉える。わたしの顔色と斬島くんの目と、どっちが真っ青かいい勝負になりそうだ。

「あ、おは、おはよう」
「……なぜなまえがいる」
「あの、図書室に用事があって、それで、斬島くんがソファーで、その、起こそうとして、悪意はなくて」
「ああ、俺は寝ていたのか」

大きなあくびをして上半身を起こす斬島くん。あくびもレアだなあ、なんて考えている場合ではない。斬島くんの視線がわたしの指を握った手元に移る。「?なんだこれは」と聞かれたが、なんと説明していいものでしょうか。

「俺が寝ぼけて握ったのか」
「えっと、その…そんな感じ…」
「そうか」

悪かったな、と手が離れる。「あの、部屋に戻って寝たほうがいいよ」と恐る恐る言うと、「そうさせてもらう」と言って立ち上がり伸びをする。そのまま振り返ってわたしをじっと見る。立ち上がると身長差が10センチちかくあるものだから、斬島くんに見下ろされているような気持になる。

「…なに?」
「いや、なにか甘い匂いがした」
「え?」

甘い?なんだろう、と考える前に斬島くんの顔がわたしの首元辺りに近付いて、すんすんと鼻を鳴らした。「へっえっ?」と間抜けな声を上げると、「ああ、すまない」と言って離れる。心臓に悪い。

「なまえから甘い匂いがするな」
「え、あ、香水かもしれない。貰ったの付けたの」
「なるほど」


納得した様に頷くと、斬島くんはソファーの上の上着を拾い、「引き止めて悪かったな」と言った。「気にしないで」と言いつつも心臓に悪い20分だったと内心思った。斬島くんが図書室を出るのを見送ろうとすると、「そうだ」と思い出したように口を開いた。まだ何か…!?


「夢を見た。夢の中でも甘い匂いがしたんだ。なまえだったのかもしれないな」


そう言うと、少しだけ笑って部屋を出て行ってしまった。斬島くんの笑った顔、初めて見た。握られていた指を触ってみると、心なしか温もりが残っているような気がした。




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