小説 | ナノ
大人な肋角さんに遊ばれる

「酒でもどうだ」

そう言って笑う肋角さんの手元には、名前も分からぬ日本酒の瓶が握られていた。高そうな事はなんとなく分かった。木舌さんとかなら、一瞬で分かるんだろうなあ。

「い、いえ、あの、そんな高そうなもの」

しどろもどろに言葉を発すると、肋角さんはパイプをくわえたままくつくつと声を出さずに笑った。恥ずかしくなり、自分の顔が赤くなるのを感じる。
仕事終わりに肋角さんの部屋へ報告へ向かうのも少し億劫だった。肋角さんは何を考えているか分からず、いつも人の心を見透かすような鋭い目をしている。それが私の矮小な心の内までも見透かしている様な気がして、この人の前だとなんだかいつも落ち着かなかった。一緒に酒を酌み交わすなんて、考えただけでも恐ろしい。しかし肋角さんは私の心情など構わず、「上司の酒に付き合うのも部下の役目だ」と言って、わたしに椅子に座るように促した。断れるはずもなく、おそるおそる勧められた椅子へ腰掛けた。肋角さんは立ち上がると、これまた高そうなお猪口と徳利を出して来て私の分を注いだ。「す、すみません!」と焦って自分でやろうとすると、「仕事終わりだろう、気にするな」と笑われた。

「い、いただきます」
「ああ」

二人で軽くお猪口を合わせて、中のお酒を一気に飲み込む。喉の奥を通った瞬間、アルコールの味にむせそうになった。「美味いだろう」と言われたがすぐに声が出ず、「んぐ」とよく分からない声を出すと、また笑われた。

「酒は強い方か?」
「少しなら…飲めます」
「そうか、ではこれは少し強かったか」
「い、いえ!大丈夫です」
「そうか、まあ明日は仕事もないだろう。少しくらい羽目を外すと良い」

肋角さんがそんな事を言うなんて、と思い少し驚いた。顔を見つめていると、「お前とはあまりきちんと話をする機会がなかったからな。無理矢理誘って悪かった」と言った。パイプを口から離し、白い煙が立ち上る。「と、とんでもないです!」と背筋を伸ばすと、何回目か分からないけど笑われた。

「お前は面白いな」
「そう、でしょうか…」
「しかし、まだ表情が固いな」

そう言うと肋角さんは椅子から立ち上がり、わたしの前に来て肩に手をぽん、と置いた。急な事に驚き、びくり、と肩が跳ねる。背の高い肋角さんの顔を見上げると、やっぱり何を考えているか分からない顔で笑っている。どうしよう、と焦り、「あ、お酒、気付かなくてすみません、注ぎますね」と言って立ち上がろうとすると、足がもつれた。がくん、と転びそうになったが、私の目前には肋角さんの腕と身体があった。「気をつけろよ」と言われて顔が真っ赤になる。「ご、ごご、ごめんなさい」とどもると、肋角さんがふ、と笑って私と同じ目線まで腰を落とした。顔が近い。思わず逸らそうとするが、頬に手を添えられて動けなくなった。

「本当に面白いな」

褒められたと受け取るべきなのだろうか。依然動けないでいると、肋角さんの手が私の目元を覆った。視界が暗くなり、「どうしたんですか」と言おうとすると、唇になにか当たるのを感じた。え、と口が半開きになると、そのまま舌が侵入してくる。口内から慣れない煙草の香りがした。生暖かい他人の舌の違和感と、アルコールと酸欠でくらくらした。「ろ、ろっかくさ、ん」と途切れ途切れに言うと、口の端から唾液が垂れた。ぎゅう、と思わず腕を掴むと、唇から温かい感触が離れ、視界が明るくなる。ゆっくりと目を開くと、いつもと変わらない笑みを浮かべている肋角さんがいるだけだった。夢だったのかな、と思うが、私の息はあがっている。肋角さんはゆっくりとパイプをくわえ直した。

「仕事終わりに無理矢理誘って悪かったな、部屋に戻ってゆっくり休んでくれ」

急な言葉に目を丸くして驚く。「え、」と顔を見上げると、にやりと笑い、「なんだ、何か期待しているのか?」と言われる。一気に羞恥心が煽られるが、私の身体はじんじんと熱を帯びていた。服をぎゅっと掴み、たぶん初めてしっかりと肋角さんを見据えて言葉を発した。

「私、酔っぱらっちゃったみたいです。部下の面倒を見るのは、肋角さんの役目だと思います」

そう言うと肋角さんはしばらく真顔でわたしを見ていたが、口の端をつり上げて笑った。「いいんだな?」と言われたが、返事の代わりに襟首を掴み背伸びをしてキスをした。



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