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佐疫と潜入捜査A


「これ、着なきゃ駄目?」
「駄目に決まってるだろ」

腹部が苦しい。ウエストをぎゅうぎゅうに締め上げているそれを外したくてたまらなかった。こっそりトイレで外してやろうかと思ったが、「30秒で戻って来てね」と笑顔で言われ断念した。ドレスなんて着たことがなかった。薄いブルーのドレスを見て、最初はお姫様みたい!シンデレラ!?なんて思ったが、3分後には苦しくなり今では脱ぎたくてたまらない。慣れないヒールで足も痛い。佐疫は上下グレーのスーツを着ている。胸にきちんと白いポケットチーフを挿しており、なんだか映画にでも出て来そうな佇まいだった。しかし、羽織ったコートの内側から靴底に至るまで大量の銃が隠されている事をわたしは知っている。わたしは武器のしまい所がなかったので、仕方なく服の内側に短刀を隠した。「ボディチェックとかされないの?」と聞くと、「その点は肋角さんが手配してくれてる」と淀みなく返された。流石です。館を出る途中で平腹に出くわし、「うわ、なまえ その格好なに!?コスプレ!?」と指をさして爆笑された。後ろにいた田噛はチラッと見てノーコメントだった。仕事に行く前に心が折れそうになった。

「大丈夫だよ、なまえ。凄く可愛いよ」
「さ、佐疫」
「見栄えはできてるんだから、中身で失敗なんて許されないからね」
「あ、はい」

折れた心が更に粉々になった気がした。そもそも佐疫と並んで歩いていること自体なにか間違っている気がして仕方がない。このまま部屋に戻って寝巻きに着替えられたらどんなに良いだろう、と考えていると、有無を言わせない笑顔で「さあ、行くよ」と言われた。はい、行きます。


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「わあ、お酒とご飯がたくさん…!」
「なまえ」
「あ、はい」

今日何度目か分からない冷たい笑顔を向けられて、伸ばしかけた手を引っ込める。生殺しだ、禁酒中の木舌の気持ちが分かった気がした。乾杯の為の一杯を、こっそりと一番アルコールの強そうな物を取ってみた。佐疫にはばれていない。しめしめ。このままお酒の勢いでなんとかならないかなあ…。乾杯の声と共に欲に任せて中の液体を一気に飲み干すと、後ろから硬いもので小突かれた。この感触は…ハンドガン…。一気に血の気が引いた。小さい声で、「ごめんなさい…」と言うと、「二度目はないからね」と背後から低い声が聞こえた。肋角さん、今回は同僚に深手を負わせられる確率が一番高い気がします。

「あ、」

ふと軽快な音楽に目線を向けると、中央の大きなホールでは踊っている人たちが見えた。他の人たちはワイングラスを片手にそれを眺めている。紳士淑女の社交場って感じだなあ。遠い目をしながら眺めていると、佐疫に「行くよ」と言われて手を引かれた。「え、どこに?」と言うと、「事前資料読まなかったの?」と冷たい視線を向けられた。「すみません覚えていないです」と言うと、「毎回人の多いところで何かしら起きるんだよ。今ならあそこだろ」と言われた。「なるほど」と呟くと、「そういうの、鳥頭って言うんだよ」と言われた。あれ、なんか佐疫わたしの扱いがぞんざいなんじゃ…?


「上手なもんだなあ」

ダンスホールでつっ立って、ぼんやりと踊る人々を見ていると自然とそんな台詞が出た。ちなみに佐疫は知らない女の人に熱心に声を掛けられて、なにか話をしていた。近くにいるとなんだか恨まれそうな気がしたので、離れたところでぼんやりと立っていた。制服姿の人が飲み物を配っていたので、ありがたく頂いた。一人でいても自然に見えるようにするためです、もしも佐疫に見られてたら、そんな風に言い訳して土下座をしようと思っていた。ごくごくとグラスワインを飲み下すと、アルコールで気分が良くなって来た。コルセットの苦しさも少し紛れた気がする。ドレスの裾が長いから、突っ立っていれば靴を脱いでもバレないかなあ。そんな事を考えていると、後ろから肩に手を置かれた。来た…!!佐疫かと思ってワイングラスを握り潰す勢いで後ろ手に隠し、勢い良く振り向くと知らない男の人が立っていた。なんだ、びっくりさせやがって…。その人も驚いた顔をしていたが、私の方が驚いた。寿命が50年は縮まった気がする。寿命なんてないけど。

「なにか?」

取り繕った精一杯のお上品な笑顔を向けた。付け焼き刃ではあるが、練習の賜物だ。ここでヘマをしたら後で何を言われるか分からない。私の生き死にがかかっていると言っても過言ではない。その人は私が笑顔を向けると、驚いた様な表情を和らげて「お一人ですか?」と言った。一人ではないです、鬼の様な目付役が居ます、なんて口が裂けても言えない。真意がよく分からず、「えぇと…」と口ごもっていると、「なまえ」と声を掛けられた。今度こそ佐疫だ。ワイングラスは佐疫から見えない位置のテーブルに置いて素知らぬ振りをした。また冷たい視線を向けられるかと思いきや、あろうことか王子様の様な甘ぁい笑顔を向けて私の肩を抱いて来た。怖い。

「どこに行っていたんだよ、心配しただろ」
「え…あの、はい」
「ほら、せっかく一緒に踊ろうって言っていたのに。さあ行くよ」
「え、おど?」

いたい!、と声が出そうになったのを寸前で堪えた。私の肩に佐疫の指が食い込んでいる。逆らってはいけない、と本能的に感じ取り、声をかけて来た人へ「すみません」と会釈をしてその場を離れた。傍目から見たら女性の肩を優しく抱きながらリードしている紳士だが、実際には罪人を連行している獄卒に近い。肩が折れそうだ。

「どうして勝手にウロチョロするのかなあ、探すのも手間だったんだけど」
「す、すいません。さっきの女の人と話し込んでたみたいだから、」
「ああ、適当に撒いて来た。全く仕事の邪魔をしないで欲しいもんだよね」

これだけ甘いマスクを持っていて、言っている事がえげつないものだから言葉が出ない。「なまえ、俺のいない所で他の人と喋らないでね。さっきもしどろもどろになってただろ。大人しくしてて」と釘を刺され、「はい…」と俯くしかなかった。俯いたまま歩いていると、自分の足下に黒い大きな影がゆらゆら揺れている事に気がついた。ん?と思い上を見上げると、天井の大きなシャンデリアがぐらぐらしている。これ、危ないんじゃないか?と思った瞬間、それが私目掛けて落ちて来ていた。ぎょっとしてその場から離れようとしたが、自分がドレスを着ている事を忘れていた。長い裾に足を取られて、大きく前につんのめる。嘘でしょ、こんな煌びやかな場所でぐしゃぐしゃになるのはごめんだ。でもこれはもうだめだ、一度死ぬか、と諦めた所で腕を強く引っ張られて再び身体が倒れる感覚がした。え?と思っている間に、ガシャン、ととてつもない大きな音がした。しばらくしんとしていたが、次第に騒ぎ始める人の声が聞こえる。ぎゅっと瞑っていた目をそっと開けて振り返ると、粉々になった大きなシャンデリアがあった。うわぁ…サスペンス映画みたい…。なぜかそんな事を考えていると、下から「重いんだけど、そろそろ退いてくれないかな」という冷ややかな声が聞こえた。驚いて自分の身体の下に目を向けると、佐疫がいた。思わず、「え、なんで佐疫が」と思った事がそのまま口に出た。「俺だって好きでこんな体勢でいる訳じゃないんだけどね。どこぞの誰かさんがぼーっとしてて、シャンデリアに潰されて汚く死ぬところだったから助けてあげたらこうなったんだよ」と佐疫が懇切丁寧に嫌味を込めて教えてくれた。本日何度目か分からない「すみません」を言うと、「いいから退いて、多分今のが怪異だよ。俺は追うから。なまえはその格好だとロクに動けない事が分かったから、ここでか弱い被害者のふりして手当でも受けてて」と言って人ごみに紛れて階段を上って行ってしまった。呆然とした心に佐疫の嫌味が突き刺さる。立ち上がると、全く知らない人が私を指差して驚いた声を上げていた。わらわらと救急箱を持った人たちが寄って来る。なんだなんだ、と思い自分のドレスを見ると、ブルーの生地に赤い血が付いていた。驚いて自分の身体を確認するが、どこも怪我なんてしていなかった。治ったにしても早過ぎる。私の血ではない、という事はこれはきっと佐疫の血だ。人に手当を受けておけ、なんて言った癖に自分が一番怪我してるじゃん。その上一人で行っちゃったし…。


1時間程佐疫が戻って来るのを外で待っていると、「こんな所に居たんだ」と涼しい顔をしてやって来た。

「あの、ごめんね」
「何が?」
「助けてくれた時、怪我したでしょ」
「うーん、急いでたから覚えてないや」
「でも、私のドレスに私のじゃない血が付いてたよ」
「また転んで膝でも擦りむいたんじゃないの?それよりも、もっと注意深くならないとただの足手まといにしかならないから気をつけてね」
「も…申し訳ないです」

目線を落として謝ると、「疲れたなあ、無駄な事話していないでさっさと戻ろう」と言われた。無駄な事って…。
帰り道では、「足手まといだったからこれ持ってね」と言って、佐疫の銃器類を全て持たされた。本当に重い。脱いだコートの下のジャケットに、赤いシミが付いているのが見えた。嫌味を言いながらも、助けてくれたんだなあ、と思うと私にだけやたらと物言いがきついのを差し引いても、少し格好良く見えてしまう。悔しい。まあ、こいつは元が良いからな。

「あ、戻ったら銃の手入れも手伝ってもらうから」
「えっ」
「今日、なまえ仕事したっけ?」
「何でもします」



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佐疫が性格悪くなっちゃった


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