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田噛と別れちゃった話



振られちゃいました。ん?いや、振ったのかな?理由は何だかもうよく分からない。よくあるヤツだと、性格の不一致、とか?あ、それは離婚の原因だっけ。まあどうでも良いや。窓から空を見上げると、憎らしい程に晴れている。今回は佐疫も木舌も止めに入ってくれなかったし、そのままノンストップで言い争いが続いちゃったなあ、なんてぼんやり思う。部屋を見回すと、数時間前と比べると驚く程殺風景になっていた。”モヤモヤしている時は、物を捨てるに限る”いつか誰かに聞いた言葉を思い出し、必要最低限な物以外を全てゴミ袋にまとめてやった。そうしている内に、自分の心の中のモヤモヤも全部ビニール袋の中へ詰め込んでしまった気分になった。そういえば、それを言っていたのもあいつだったっけ。


「何か仕事があったら、できる限り入れて下さい」


仕事の関係もあるけれども、三日に一回は会っていたっけ。もう二週間も顔を見ていないなんて、変な感じ。たった二週間だけど。余計な事を考えたくなかったので、肋角さんに頼みほぼ毎日朝から晩まで仕事を入れて貰った。でも、一度も田噛とペアになる事はなかった。きっと肋角さんも何か勘づいていたんだろうな。たまに一緒になった木舌や佐疫は、あえて何も聞かずに「なまえ、新しい飲み屋ができたから一緒に行こうよ」や、「なまえが好きそうな雑貨屋さんを見つけたんだよ」なんて言って一生懸命わたしの気を紛らわそうとしてくれていた。驚くべきは、平腹までもが何も聞いて来なかった事だ。「なまえー!!ゲームしようぜ!新しいの買った!!」と言って大きな音を立てて私の部屋の扉を無遠慮にドンドン叩いて来る事はあったものの、それも平腹なりの気の使い方なんだろうな、と思った。ちなみに斬島と谷裂は無言でそれぞれ筋トレの本を貸してくれた。みんな優しいなあ。


******


「なまえ、それ、」
「切っちゃった」


佐疫が口を半開きにして、水色の瞳をぱちぱちさせながら私を見る。肩まであった髪の毛はうっとおしかったので顎より上までばっさりと切ってしまった。鏡を見て、わたし意外とショートでもいけるかもしれない、と思った。「意外と似合うでしょ」と言って笑ってみせると、しばらく目を見開いてわたしを見ていたけど、「うん、凄く素敵だよ」と言っていつもの優しい顔で笑いかけてくれた。本当に優しいなあ、わたし、こういう人と付き合えばよかったのに。窓の外を見ると、今日も日差しが眩しい。


「肋角さんにね、休めって言われちゃった。今日から強制的に休暇もらったよ」


笑いながらそう言うと、佐疫は何だか複雑そうな顔をしていた。その後、「あ!」と何か思いついた様な顔をして、「じゃあ、この前言ってた雑貨屋さんに行かない?俺も明日休みなんだ」と言ってくれた。何だか気を使わせてしまったみたいで申し訳ない。「気を使わなくていいよ」と言うと、「ダメ。俺も行ってみたいんだけど、男一人じゃ行きづらいからなまえも付いて来て」と言われた。佐疫が可愛らしい雑貨屋に一人で居る姿を想像すると、何だかしっくり来て笑ってしまった。「あ、なまえ今笑っただろ!」と怒られたので、「ごめん」と慌てて謝ると、「明日付き合ってくれないと許さない。あと、木舌が言ってた飲み屋にも一緒に行かないとダメだから」と言われた。木舌が飲み屋に行く事を許可するなんて珍しいな、と思ってると、「俺一人じゃ止めるの大変なんだよ」と言われた。更に、「だから、絶対来ないとダメだからね」と念を押されたので、「分かった」と承諾すると、佐疫は満足げに笑った。

「じゃあ、明日お昼くらいに。それまでにちゃんと寝る事!顔やつれてるよ」
「えっ、うそっ」
「本当。せっかく可愛い髪型になったのに、台無し」
「気付かなかった」
「あと、お昼ご飯も一杯食べる予定だからそのつもりでね!」


じゃあね、と言って爽やかに手を振りながら去って行く佐疫の後ろ姿を見送る。”おひるごはん”というワードを聞いて、そういえば最近まともにご飯食べてなかったなあ、と思い出した。自分じゃ気付かなかったけど、きっと佐疫や他のみんなは気付いてたんだろうな。ふとここ二週間を振り返ると、色々あった様な無かった様な。いつの間にか唇が濡れていたので舐めてみると、しょっぱかった。触ってみると、涙だという事に気がついた。そういえば、別れてから泣いてなかったな。忙しかったから、ゆっくり泣く時間もなかったんだっけ。涙は堰を切った様に溢れて来た。人に見られたら恥ずかしいなんて物じゃ済まないので、服の袖でごしごしと拭う。ああ、メイクが落ちる。大きく息を吐いて上を見た。窓から昼の日差しが差し込んでいる。散歩でも行こうかな、まず部屋に戻ってぐちゃぐちゃの顔を洗って着替えて、お昼ご飯を食べて少し散歩をして思いっきり昼寝をしよう。

「よし」

誰に言うでもなく呟いて、両手で自分の頬をばちん、と叩き、駆け足で部屋へ向かった。明日は佐疫を引き連れて思いっきり買い物をしよう。



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佐疫くんは良い人になったり悪者になったり忙しいですね


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