猫と谷裂
「なんだそれは」
「猫だけど」
「見れば分かる。なぜ猫がいる」
「田噛が取って来た」
はぁ?と眉を潜めると、「仕事だよ。上の人が飼ってた猫が逃げちゃってたんだって。ついでに出張の間の世話も押し付けられたらしくて、田噛が仕事の間だけあたしが面倒見てるの」と返された。「マジだるいって凄いうるさくて」とも言っていた。目に浮かぶ。あいつはもう少し真面目に仕事をしろ。
「よしよし、たーくん眠いのなー」
「…たーくん?」
なまえの膝の上でごろごろと喉を鳴らしているそいつに目を向ける。どうやらこいつの名前らしい。
「田噛が捕まえた猫だからたーくん」
「飼い猫だろう。別の名前があるのではないか」
「でも、知らないし。たーくん可愛いじゃん」
ねー、と言いながら喉を撫でられると、気持ち良さそうに目を閉じた。先ほどからなまえの目線はずっとそのたーくんとやらに向いている。人と話す時は顔を向けろ。たーくん、となまえが呼ぶ度にまるで田噛を愛称で呼んでいる様な錯覚を起こし、苛々する。
「おい、いつまでもサボっているなよ」
「サボってないよ。今日はお世話が仕事だもん」
「…人と話す時は相手の目を見て話せ」
猫ばっかり見ていないで、と言う言葉が喉まで出かかったが飲み込む。ようやくなまえの目線は俺に向くが、その顔はきょとんと不思議そうな表情をしていた。
「…なんか、今日の谷裂変なの」
「あ?」
「いつもなら、こんなに突っかかって来ないじゃん。それになんか、怒ってる」
「怒ってなど、」
いない、と言おうとしたところで、自分の声がいつも以上に苛立っている事に気が付いた。「猫、嫌いだった?」というなまえの声が聞こえたが、別にそういう訳じゃない。そういえば俺はどうしてこんなに苛立っているんだ。膝の上のそいつに目を向けると、先ほどまで閉じていたガラス玉みたいな瞳を開いて俺を見ていた。心なしか馬鹿にされている様な気がする。舌打ちをして、「もういい、俺は部屋に戻る」と言って帽子を目深に被り直し、不思議そうな顔をしているなまえを残して踵を返した。猫と張り合おうとするなんで、馬鹿みたいじゃないか。「ああ、クソッ」と一人呟くと、後ろで猫の鳴き声がした。
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リクでした!なんか、田噛に嫉妬みたいになっちゃった