小説 | ナノ
木舌と徹夜

「……」

机の上には書類の山。傍らにはアルコールの空き缶と吸い殻の溜まった灰皿。何とも荒んでいる。しかしその部屋の主は更に荒んでいる。椅子に座って腕を組んだ状態のままヨダレを垂らして寝ていた。何度か頭がカクカク動いていたが、その内下を向いたまま動かなくなった。本格的に寝たのだろう。何とも色気のない状態だ。見兼ねて肩を揺さぶり、「なまえ」と名前を呼ぶと、ビクっと身体を動かして「ふぁ?」とよく分からない声を上げた。しばらく見守っていると、再び瞼が下がって来たのでもう一度名前を呼ぶと、ようやく振り向いた。

「……ん?」
「おはよう、なまえ」
「……ああ…」

こちらを見て、なぜか一度微笑んだ後今度は頭突っ伏して寝ようとしたが、がばっと起き上がった。振り向いた目が見開いている。

「あ!?木舌!?」
「おはよう、二回目だけど」
「え、な、なんでいるの」
「ノックしたんだけど、返事が無かったから。鍵開いてたよ」
「うそ…」
「不用心だなあ」
「記憶にない…」

顔を手の平で覆い、「あああ…」とよく分からないうめき声を漏らす。「今、朝?夜?」と聞かれたので、「午前1時だよ」と言うと、「ああ…まだ夜が明けてなかったんだ…」と生気のない声で呟いた。これは中々だ。

「…なんでこんな時間に木舌がいるの?」
「明日、報告書の締め切りなんだろ?肋角さんが様子見て来いって」
「あああ…」
「終わった…様子じゃなさそうだね」
「………努力はしてる」
「…そうだろうね」

机の上には書きかけの報告書が散乱している。しかし、空白が目立つ書類も少なくはない。目が充血していて、ほとんど寝ていない事が伺われる。でもこれ、明日の朝には終わらないだろうなあ…。

「もう駄目かもしれない…」
「なんでこんなに溜まってるのさ」
「田噛が、あんなの一晩寝なけりゃ終わるだろって…」
「それは田噛だからじゃないの?」
「うん、今分かった…。わたしの頭じゃ無理だった…」

再び呻くなまえ。馬鹿だなぁ、と思ったもののあまりの落ち込みように口に出すのは留まった。「飲んでたんだ、いいなあ」と言うと、「飲まなきゃやってられない」と言ったので、「飲んだから寝てたんじゃないの?」と言い返すと、口を噤んだ。図星かあ…。

「…明日、土下座したら許してもらえるかなぁ…」
「どうかなぁ」

多分、肋角さんの事だから「仕事続きだったから仕方ない」とか言ってもう一日くらい猶予をくれるだろうけど面白いからあえて言わないでおいてみると、とんでもなくダメージを受けた様子だった。ごつん、と頭を書類の山にぶつけるなまえ。何枚かの紙が床にばさばさと落ちた。「あーあ」と言って拾ってやると、「もうやだ…」という涙声が聞こえた。なまえに目線を向けると、本当に目が涙ぐんでいる。少しぎょっとした。

「ちょ、なまえ。泣かないでよ。おれも手伝ってあげるから」
「本当!?」

がばっと頭を起こして、期待の籠った濡れた瞳でおれを見つめるなまえ。もはや化粧っ気も全くないが、それが逆にそそる。薄手の部屋着にぴったりと張り付いた肌に目をやると、違和感を感じた。

「……ノーブラ?」
「ああ、忘れてた…」
「警戒心なさ過ぎでしょ…」
「もう、わたしの身体で良かったら何でもするからこの報告書の山を何とかして欲しい…」

なんでも、という言葉に思わず反応する。「手伝って欲しい?」と聞くと、「是非!」と言って再び目を輝かせた。おれも仕事終わりなんだけどなあ…。

「じゃあ、手伝ってあげる」
「本当!?ありがとう、木舌!!さすが頼りになる!」
「その代わり、なんでもしてね」
「え?」

聞き返された言葉には何も返さず、笑いながら「さて、どれから手付けるの?」と言うと、「あ、じゃあまずこれ…」と言って、書類を漁り始めた。多分今は報告書の事で頭が一杯なんだろうな。でもなまえ、明日肋角さんに無事報告書を提出できたら、それ相応の物は貰うからね。内心そんな事を考えつつ、口には出さないで書類を受ける。さて、もう一仕事するか。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -