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泣かせちゃった田噛の後日談


廊下を歩いていると、佐疫とばったり会った。爽やかな笑顔で「やあ」と言われたけど、この前の事もあってなんだか気まずい。軽く頭を下げて会釈をすると、こちらの心境に気がついたかの様にふっ、と笑われた。

「あの、先日はどうもご迷惑をおかけしました…」
「いや、俺は何もしてないよ。木舌は後始末に追われてたみたいだけどね」

ぐさり、と佐疫の言葉が心に刺さる。木舌にも申し訳ない事をした。一応謝ったけど、今度また改めてお詫びに行かなきゃなぁ…。俯いて考えていると、「まあ、酒も多少飲めたみたいだし結果オーライだったんじゃないかな」と佐疫のフォローが入った。

「ところで、あの後田噛とは仲直りできたの?」
「あ、一応できた…のかなぁ…。木舌に言われてあの後飲みに行ったんだけど、すごい気まずくて」

そう言うと、佐疫は思案顔で少し目線を逸らした後、口を開いた。

「…どんな話をしたの?」
「えっと、もう一層腹を割って話そうって私が言って」
「うん」
「私の事、どう思ってるの?って聞いて」
「えっ」
「嫌いなら嫌いってきっぱり言ってもらった方が仕事も楽だし、本当の事言って、って」
「ああ、そういう意味…」
「そしたら田噛、黙り込んじゃって」
「…うーん」
「始終そんな感じで、気まずいまま解散しちゃって…。やっぱり私の言い方がマズかったのかな…」
「うーん…田噛となまえの捉え方が違ってたんじゃないかな」
「それってどういう、」

そこまで言いかけたところで、背後から「おい」と言う機嫌の悪そうな声が聞こえた。振り返ると、眉間にシワを寄せた田噛本人がいた。この様子だと、また何か言われそうだ。佐疫が「やあ田噛、仕事終わり?」と、機嫌の悪そうな顔を物ともせず爽やかな笑顔で挨拶をする。流石だ、と思った。私は先日の出来事を気まずく感じ、口を開けずに黙っていた。

「なに人のいねぇとこで噂話してんだよ」
「噂じゃないさ、なまえとの談笑にたまたま田噛の名前が出て来ただけだよ」

「ね、なまえ」と笑顔を向けられて「う、うん」と首を縦に振ると、「チッ」といういつもの舌打ちが聞こえた。佐疫が、「田噛、女の子の前で舌打なんてするもんじゃないよ」と言ったが、田噛は「うるせえ」と言ったきりだった。佐疫はしばらく黙って私と田噛を見つめていたが、やがて口を開いた。

「ねえ、なまえ。舌打ちなんてされたら攻撃的に見えるよね」
「え、まあ、ちょっと」
「ところでなまえは俺の事、どんな風に思ってる?」
「えっ?」

あまりにも唐突な質問に思わず目を見開いたが、佐疫は「いいから」と言って答えを促した。ちらりと見ると、田噛が一層苛ついた顔になっていた。「え、うーん…優しい優等生、かなあ。綺麗な顔してるな、とも思う。気も利くし、尊敬してる、かな」と言うと、佐疫はその綺麗な顔で「ありがとう」と微笑んだ。そして微笑んだ顔のまま、「俺もなまえの事、仕事熱心だし可愛いと思ってたんだよね。もっと親密になりたいと、ずっと思っていたんだ」と、とんでもない事を言って私の手を取った。状況がよく飲み込めず「え?え?」と言っていると、佐疫はそのまま私の手の甲に顔を近付けて、唇を当てた。驚いて硬直していると、反対側の手をぐい、と強く引かれた。見ると、田噛が鬼の形相で私の手を引いている。何この怖い状況。

「…テメェ、何してんだ」
「何って、言った通りだよ。なまえを女性として素敵だな、と思っただけさ」
「ふざけてんのか」
「ふざけてないよ、本当にそう思ってる」

笑顔の佐疫と鬼の田噛に挟まれて、私はただただ何事もないように祈るばかりだった。「田噛はなまえが嫌いなんだろ?そんなに突っかかって来る事もないじゃないか」と佐疫が言うと、田噛は「あぁ!?」と言い返す。頼むからこれ以上田噛を刺激する様な事を言わないで欲しかった。しかし私の祈りも虚しく、「そうだ、これから俺の部屋においでよ。この前なまえが読みたいって言ってた本があるんだ」と言って佐疫が私の肩を抱いた。そのまま佐疫の部屋の方に私を連れて歩き出す。しかし、田噛の手ががっちりと私の手を掴んでいる。進む事も戻る事も出来ない状況だ。

「離しなよ田噛、関係ないだろ」
「関係なくねぇ」

そう言うと、田噛が私の身体を強く引き寄せた。そのまま勢いで田噛の胸元に顔がぶつかる。鼻が少し痛い。慌てて離れようとすると、片手を背中に回された。ちょっと、と言いかけると、田噛が「こいつは俺の、」と言った。驚いて顔を見る。俺の…?佐疫は何故か余裕の笑みを浮かべながら田噛を見ている。緊張の空気の中、田噛が再び口を開いた。

「俺のパシリだ、足だ!勝手に連れて行くのは俺が許さねぇ」

そう言って、わたしの手を引いてぐいぐいと歩き出した。佐疫の方を振り向くと、溜め息をつきながら「素直じゃないなあ」と小さく言うのが聞こえた。ていうかパシリなんて今初めて聞いたんだけど…。そんな事をした覚えも一度も無い。「ねえ、パシリって何なの」と言ったが田噛は無言でずんずん進んで行く。どこの行くんだろう、と思いながら手を引かれるままに歩いていると、田噛の部屋の前に来た。そのまま乱暴に扉を開き、私を中へ押し込むとまた乱暴に扉を閉めた。訳が分からず呆然としていると、田噛が私を壁際に押しやり、どん、と私を見下ろす形で壁に手を付いた。逃げ場がなくなる。

「お前、何やってんだよ」
「な、何って」
「馬鹿じゃねぇのか、簡単に持ち帰られそうになってんじゃねぇよ!」
「そ、そんな事佐疫は」
「それが分かんねぇのが馬鹿なんだよ!」

珍しく大声を出す田噛に驚いた。きょとんと顔を見つめていると、眉間に寄っていたシワが徐々に戻り、田噛が「はぁ」と大きくため息をついた。

「…何であんな事になったんだよ」
「分かんない、佐疫が急に…」

そう言うと、しばらく考えた後、何かに気がついたように「チッ」と舌打ちをした。そして私を見てふいに、「おい」と呼んだ。顔を上げると、田噛の手が私の前髪をかき上げた。直後、唇が額に触れる。一瞬間を置いた後、顔が真っ赤になる。「た、田噛」と言いかけると、ばちん、と中々の威力で額にデコピンをされた。「いたっ!」と思わず声を上げると、「さっさと帰れ馬鹿」と言ってそのままそっぽを向いてしまった。何と言っていいのか分からす、額を押さえて「…お邪魔しました」と言って部屋を出る。佐疫も田噛もよく分からない。でも佐疫の時とは違う、何でこんなに顔赤くしてるんだろう。胸に手を当てると、見て分かるくらい鼓動が早くなっていた。






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佐疫くんは田噛くんに自覚させたかっただけで演技してました。
ちょっと本気入ってたら楽しそうだけど
佐疫に王子様キスさせたかったのと田噛に壁ドンさせてみたかった


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