小説 | ナノ
生殺し木舌

「木舌、見てー」とあまり呂律の回っていない声でなまえはおれの前でくるり、と回ってみせた。ふわり、と短いスカートが舞う。「可愛いじゃないか」と軽く手を叩いてやると、「でしょ!?」と実に嬉しそうな、しかし赤く締まりのない笑顔をこちらに向けた。おれはそのスカートよりもそこから伸びた白い足の方が気になるんだけどね。「でもちょっと短すぎるんじゃないか?」と言うと、「うわ、オヤジくさ!」と言われた。心外だ、10年も50年も大した差ではないというのに。

飲み始めて約2時間、なまえのペースはいつになく早かった。「だっていつも木舌の半分くらいしか飲めないんだもん」と言われたが、おれのペースに合わせてたらなまえは絶対早々に潰れるに決まっている、と思った。そしてその予測は的中した。「おいしいお酒はストレートが一番だよねぇ」と言いながら自分のグラスにどばどばと焼酎を注ぐなまえの手を、先ほどから何度掴んで止めているだろう。不機嫌な顔になりかけたなまえを見て、「お、そのスカート新しい?可愛いね」と言うと、ころっと表情が明るくなった。平腹より単純になっているなまえを心配に思った。しかしそんなおれの心配を他所に、「そうなの!この前買ったんだー」と言いながらおれの前でくるり、と回ってみせた。覗く太ももに思わず目線が行くが、なまえはそんなこと気付いていない様子だった。それどころか向かい合うような体制でおれの膝の上に座ってきた。更におれの首に手を回してくる。この構図はいやらしい雑誌なんかでよく見る。危ない、色々と危ないと思った。

「なまえ、なにしてるの」
「木舌、全然顔赤くない!」

それはそうだ。顔よりも別の所に血液が集中している。理性と本能のせめぎあいで、おれの顔は紅潮どころか蒼白になっている気がする。思わず下っ腹に力を入れた。脂汗が伝う感覚がした。

「…なに怒ってるの?」
「お、怒ってないよ」

怒ってないから早く降りてくれ。切実にそう願った。短いスカートから伸びた足が大きく開かれておれに跨っている。少し手を伸ばせば、触れられる位置に白い太ももがある。顔を動かさないように目線だけやると、ごくん、と喉がなった。おれの手はよく分からない位置で宙をさ迷っていた。

「わたし、何かした?」

した?じゃないよ。してるんだよ、現在進行形で。おれの背中と額に伝う半端ない汗の量に気付いてくれ。
幸いここは公共の場ではなく、おれの部屋だ。美味しく頂く事もできる。しかし、もし翌日なまえに泣かれたらどうしよう。泥酔しての事ならば、有り得ないこともない。もしくは不手際で他の奴らにばれてみろ。谷裂だったら、「きさま、酒に酔って同僚を連れ込み不貞を働くとは」とかそんな事を言われて物理的に殺される。佐疫だったら「そっかあ、木舌は俺との禁酒の約束も守る頭もない上に、理性を働かせる頭もなくてこんな事まで仕出かすんだね。肋角さんには俺から詳しく報告しておくから。今日でサヨナラにならないといいね」とか言って社会的に殺される。どっちも御免だ。考えただけで気が遠くなる。そんなおれの心配を他所に、なまえの顔がおれの顔に近付いてきた。アルコールで赤くなっている頬や唇が近い。おれの目線が挙動不審に泳ぐ。

「こっち見てよ!」
「いや、あの」
「…なんで上着の裾伸ばしてんの?」
「えっと、これはね、今おれは戦っていて」
「何と?」
「それは」

それを口に出したらお終いだ。おれがそういう目でなまえを見ていた、ということを勘づかれたらお終いなんだ。幸い相手は泥酔しているので、まだ気付かれている様子はない。しかし、そろそろ勘づいて降りてくれ。

「木舌ぁ…」
「は、はい」

思わず敬語で返事をする。なまえが目の縁を赤くしながらおれを見ていた。思わず見返していると、急に視界が暗くなった。え、と思う間もなく唇に暖かくて柔らかいものが触れる。なまえの手がおれの視界を塞いでいた。今触れたのは間違いなくなまえの唇だろう。
暗闇の視界の中で、おれは我慢をしないことを決めた。こんなの、なまえが悪い。宙を泳いでいた手をなまえの腰に回す。「なまえ」と名前を呼ぶと、急に視界が明るくなった。なまえの手がおれの膝の上にぽす、と落ちる。肩に重みを感じて右を見ると、目を閉じて安らかな寝息を立てるなまえの顔があった。寝ている。

「…生殺しだろ」

上を向いて大きくため息を付く。眠っている相手を襲う気力は残っていなかった。
よいしょ、となまえを抱えてベッドに移して布団をかける。呼吸で上下する布団を見ながら今さっき触れた唇を触ると、ほのかにアルコールの香りがした。


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リクエストの生殺し木舌でした。
次の日木舌だけ覚えてるっていう


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