小説 | ナノ
雨が降った時のみなさんssA/木舌/谷裂/斬島

●木舌

「げ」
「あ」

頭に冷たい物が当たる。何かと思い一瞬ぎょっとしたが雨だった。良かった。いや、良くないけど。
横にいる木舌を見ると、同じく上を見上げていた。

「傘、ある?」
「もちろん、紳士として常に持ち歩いてるよ」
「本当は?」
「朝、佐疫に聞いて借りた」

えへへ、と舌を出して笑われたが別に可愛くない。それどころか若干腹立たしさを感じた。「だって、今日雨なんて聞くまで知らなかったし」なんて言っている。わたしも知らなかったけど。木舌が上着の内側を探ると、小さな折り畳み傘が出て来た。

「それ、二人はきついよね」
「そうだねえ」
「じゃあわたしいいや。先に走って帰るね」

そう言って走り出そうとすると、肩を掴まれた。驚いて振り返ると、笑い顔の木舌がこちらを見ている。

「なに?」
「一緒に入っていけば良いじゃないか」
「だって、小さいじゃん」
「入れない事はないさ、ほら」

木舌が開いた傘をわたしの頭上に持って来る。確かに入れない事はないけど、木舌の体格も考えるとどう考えても二人は無理だ。そう思って離れようとすると、「大丈夫だよ」と言って肩を抱く様な体勢で押さえ込まれた。

「大丈夫じゃないって」
「大丈夫だって。ほら、なまえ濡れてないだろ」

確かに雨粒はわたしには当たらない。案外入るものなんだな、と思って歩みを進めると、木舌の反対側の肩が水分を吸って制服の色が変わっているのが見えた。大丈夫じゃないじゃん。

「木舌、肩」
「ああ、これ。昨日飲んだ焼酎かな」
「木舌って前日の酒が右肩から染み出て来るんだ」
「そうそう、おれ特殊な体質なんだよね」

あはは、と笑う木舌。馬鹿じゃないの、と思ったけど、ちょっと嬉しく思う自分が悔しい。小さい声で「ありがとう」と言うと、呑気な声で「ん?なにか言った?」と聞き返された。もう一回は絶対言ってやらない。



●谷裂

「…いたぁい」
「貴様は馬鹿か」

任務の帰りでした。雨が降りました。「どうしよう」と言うと、問答無用で「走るぞ」と谷裂くんはおっしゃいました。走りました。嫌だったけど。雨は強かったです。それでも走りました。ぬかるんだ道も走りました。泥に足を取られました。転びました。冒頭に至ります。

「鼻血が…」
「とっとと治せ。早く戻るぞ」

鬼です。こんな時佐疫くんだったら、「大丈夫?」と言って優しく介抱してくれるだろうなぁ、とぼんやり考えました。しかしここに居るのは佐疫くんではありません。鬼の谷裂くんです。介抱はしてくれません。鼻を押さえながら立ち上がりました。みっともない…。

「…おい」
「はい」
「それくらいの事で泣くな、それでもお前は獄卒か」

泣いてなんて、と思って目を触ると濡れていました。転んだから、泥水が顔に付いたのかも知れないけど、目頭が熱いです。多分鼻を打って無意識に涙が出たんだと思います。鬼がこちらを睨んでいます。怖い。

「ごめんなさい」
「これだから、女と組むのは嫌なんだ」

別の意味で涙が出そうです。転ぶし、泣くし、使えないし。わたしは今なんと情けないんでしょう。俯いて鼻をすすると、ぽたぽたと血が垂れて来ました。情けない。谷裂くんが痺れを切らした様に口を開きます。

「…おい」
「はい」

手が差し出されました。何かと思って谷裂くんを見ると、舌打ちをしながら「早くしろ」と言われて手を引いてくれようとしている事が分かりました。焦って思わず手を取ると、そのままぐい、と引っ張られて「さっさと行くぞ」と言われました。谷裂くんはすぐに前を向いてしまい、目線は合いません。

「あ、あの」
「余計な事は話すな」
「あ、ありがとう」
「礼を言う気力があるなら、もっと鍛錬に励め」

口調は冷たいけれども、握った手は温かかったです。地獄に仏とはこの事か。とりあえず明日から稽古の時間を三時間増やそうかな、と思いました。



●斬島

「斬島さーん…」
「なんだ」

なんだ、じゃなくて。何であなたはわたしの服を脱がそうとしているの。やめてやめて、それ以上やってもたぶん何も良い事は無いよ。そう思って阻止すると、不思議そうに「どうした」と言われた。こっちの台詞だ。

朝からなんだか体調が悪かった。しかし、仕事は仕事だ。獄卒が体調不良なんて言っていられない。そう思い仕事に臨み、行きの道中天気雨に見舞われた。ついてない。傘もないのでそのまま現地へ赴き、帰り道で寒気と頭痛が止まらなくなった。視界も焦点が合わない。帰るまでは、と思って踏ん張っていたが、余りにも顔色が悪かったらしく斬島から「少し休んで行こう」と提案された。幸い今回の仕事場は廃病院だったので、ベッドはたくさんあった。倒れる様に寝転ぶと、斬島がわたしの顔を覗き込んできた。

「大丈夫か」
「一日寝たら大丈夫…」
「雨に濡れたままの服を着ていたのが悪かったのか」

そう言うと斬島は、なんの躊躇もなくわたしの服に手を掛けてきた。驚いて手を掴んで「ちょ、何してるの」と言って止めると、「お前が何をしているんだ」と逆に聞かれた。どういうこと。

「な、何しようとしてたの?」
「濡れた服を脱がせようとした」
「ああ、なるほど…」
「以前平腹から借りた漫画というやつに、こういった事が書いてあったしな」
「それ、たぶん何か間違ってるよ」
「そうなのか。しかしずっとこの状態は良くないだろう」

そう言うと、斬島は自らの服を脱ぎ始めた。えぇ、俺が暖めてやる、とか、それ多分雪山で遭難した時とかだよ。本当に死にかけの時だよ。あと平腹はどんな漫画読んでるんだよ。そんな事をぐるぐる考えていると、今さっき斬島が脱いだばかりのYシャツを差し出された。斬島さん意外と筋肉付いてるんですね、じゃなくて。

「えっと」
「お前のはずぶ濡れだろ。俺のは濡れていないから着ていろ」
「いや、斬島の着るものが…」
「俺は上着があれば大丈夫だ。お前ほどヤワじゃない」

ヤワですいません、と心の中で謝った。斬島はハッキリしすぎてたまに心に刺さる一言をくれる。

「じゃあ、ありがたく…」
「ああ」

Yシャツを受け取る。確かに濡れたままの服は寒いので、ありがたかった。早速着替えようとすると、斬島がじっとこちらを見ていた。

「…ごめん、斬島。着替えたいんだけど」
「ああ」
「うん」
「手伝えばいいんだな?」
「ううん、そうじゃない」

とりあえず一回平腹の読んでる漫画の検査をさせて貰おう。あと斬島に貸す漫画は、一度わたしを通してもらおうと思った。





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結果的にみんなほのぼの


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テーマ「人外ファンタジー」
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