小説 | ナノ
斬島とマニキュア


「何だそれは」

驚いて横を向くと、斬島がわたしの手元に視線を向けていた。

「あ、これね、限定のあんかけうどんだって」
「違う、爪だ」

斬島が指をさす。ちょうど食堂でトレーを受け取っている所だったので、何を頼んだのか聞かれたのかと思った。
しかし、普段口数の少ない斬島から声を掛けられると、どぎまぎしてしまう。

「えっと、これマニキュアだよ」
「マニキュア?」
「うん、爪に塗るオシャレみたいなもの」

手を差し出して爪を見せる。そういうえば昨日は休みだったから、部屋で塗ってみたのだった。どうせすぐ仕事中に剥がれてしまうから滅多に塗らないんだけど。あと3日経っていたら剥げかけていただろう。聞かれたのが今日で良かった。まだ綺麗なピンク色を保ってくれている。

「こんな物があるのか」

斬島は物珍しげにわたしの爪をしげしげ眺める。後ろで佐疫がにこにこ笑いながらその様子を見ていた。「先に座ってるよ」という彼の声も聞こえているんだかいないんだか、「ああ」と空返事をして、目をぱちくりして眺めている。そんなに珍しいのかな。以前谷裂に見つかった時には、「獄卒として浮ついている」と文句を言われた。彼はストイック過ぎてたまに困る。

「っ」

そんな事を考えていると、斬島がわたしの手を取って自分の目線の近くにわたしの手を寄せた。爪を触って「ツルツルしてるな」と観察している。急に手を取られたので、一瞬息が止まった。傍目から見たら、両手で手を握られているような形なので、思わず顔が赤くなるのを感じた。斬島はそんな事をお構いなしにわたしの爪と手をしげしげ触っている。

「手も、俺とは違うんだな」
「え?」
「小さい。骨も細くて柔らかい」
「うわ、あの、ちょっと」

わたしの手を握る様にしてぺたぺたと触って来る。これが木舌だったら、酔っぱらいが、と一蹴できるのだが、斬島に悪気がない事は充分に分かっているものだから無下にはできない。でもこれはちょっと恥ずかしい。だれか、だれか助けて。辺りを見回すと、離れたテーブルに座っている木舌と目が合った。ジョッキを片手に、にやにや笑いながらこちらに手をひらひら振って来た。死ね。

「ほら、斬島。なまえが困ってるよ」
「さ、佐疫…」

救世主来たり。やんわりと斬島とわたしの手を取って引き離してくれる。「ああ、すまなかった」と言って真顔で謝ってくれる辺り、やっぱり彼は真面目だと思った。

「斬島、なまえの手がそんなに気になったのかい?」
「ああ、そのマニキュアといい、色々俺とは違うものなんだな」
「そりゃあ、女の子だからね」
「なるほど…」

今度はわたしの顔をしげしげ眺めて来る。綺麗な青い瞳で見つめられると、自分がひどく矮小に思えて来る。あと恥ずかしくなるからそんなに見ないで欲しい。斬島の手が今度はわたしの頬に触れる。びくり、と身体がはねた。
しかし構わずそのまま輪郭や頬を触っている。もう限界だ、と思い「ごめん、わたし、うどん伸びる!」と裏返った声で言うと、「ああ、悪い」と言ってすんなり離してくれた。走ってもいないのに、息切れしそうになっている。佐疫を見ると、笑いを堪えたような顔をしている。二重に恥ずかしい思いをした。斬島がこちらを真っ直ぐ見据えている。「なまえ」と呼ばれ思わず背筋が伸びて「はい」と返事をした。

「また今度、色々よく見せてくれ」

斬島さん、悪気がないとは言え、それは爆弾発言ですよ。耳まで熱くなる。斬島の後ろで、佐疫はやっぱり笑いを堪えたような顔をしていた。





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