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きみと密着※(つづき★佐疫視点)

※佐疫くんが下品です


女の子特有のシャンプーなのか香水なのか身体そのものから発せられるものなのか分からないけれども甘い香りが鼻孔をくすぐる。ちらり、と下を見ると息を殺して俯いているなまえ。それに覆い被さるようにロッカーの壁に手を付いている俺。シチュエーションだけで見たら、まるで俺がなまえを襲っている暴漢みたいだけど、決してそんなことはない。不可抗力だ。
仕事で向かった廃ビルに、思いがけず人間がいたのが30分前くらいの事。色々あってロッカーになまえと隠れるハメになって20分くらい経過したのかな。実際はもっと短いかも知れないけど、このロッカーの中での時間は異様に長く感じる。とっさの事とは言え、非常に肩身の狭い思いをさせてしまっているのも申し訳なかった。「ごめんね、苦しくない?」と小さな声で聞くと、それよりも消え入りそうな声で「大丈夫…」と呟かれた。さっきなまえの口を手で塞いだ時に、きっと睨み付けるような顔でもしてしまっていたのだろう。こんな時、斬島のような常に冷静な表情で居られればいいのに、と思う。


「ねえ、もう、出ても大丈夫かな」と言うなまえの声で我に帰る。耳を澄ませると、特に物音はしなかったが、念のためもう少し様子を見てみることにした。なまえには申し訳ないけど。
と言うか、女の子の匂いというのはどうしてこんなにも落ち着きがなくなるんだろう。呼吸をする度に、至近距離でふわふわとした香りがするものだから、心臓が落ち着かない。何度かやましい方向へ思考が向きそうになり、その度に手の平に親指の爪を血の滲む程突き立てた。先ほどから見えない所で俺の手の平は治癒と裂傷を繰り返している。小さく息を吐くと、なまえが身動きをするのが分かった。その瞬間、なまえの左手が俺の腰の辺りをやんわりと擦り、思わずびくりと身体から硬直した。下を向くとなまえに顔を見られてしまうので、なんとか前を見据えた。しかし体制は前傾姿勢だ。生理現象とは言え情けない。「ご、ごめん」と慌てて謝るなまえの声が聞こえたが、「いや、」としか言葉が出てこなかった。むしろ俺の方が謝りたい気持ちで一杯だった。そういえばここに来る途中、「佐疫って低俗な事に一切縁がなさそうだよね」となまえに言われたのを思い出した。そんな事はない、俺だってただの低俗な男だ。だからお願い、じわじわと広がりつつある下半身の熱に、どうかなまえが気付きませんように。
当の本人は不安そうに俺の表情を伺っている。そして何を思ったのか、足を動かした。布越しでも分かる、柔らかい太ももが俺の爪をきつく立てていた握り拳を擦った。その瞬間、なまえの肩を思いっきり掴む。
「動かないで」
自分でも驚く程冷やかな声だった。しかし、冷やかな声色に反して身体の一部分はじんじんと熱を持っていた。目を見開いて俺を見つめるなまえ。ぽかんと開いているその口とか制服の隙間から見える汗ばんだ首筋とか、未だに手に感触の残っている柔らかい脚とかもう全部欲望をブチまけてぐちゃぐちゃにしてしまいたい。キミは粗野で野蛮で下衆な事とは一切無縁の佐疫くん、なんて思っていたかも知れないけど俺はただの粗野で野蛮で下衆な男の一人でしかないんだよ。据え膳喰わねばなんとやらって木舌がいつだか言ってたな、ねえなまえ。


「もうそろそろ大丈夫そうだね。出ようか」


やっとの思いで絞り出した言葉はそれだった。なまえの顔を見ないようにしてロッカーの扉を開けて先に出口へ向かう。もう、明日からどんな顔をして会えばいいのか分からない。とりあえず報告が終わったら布団に入って、先ほどから持て余している熱を静めよう。






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