小説 | ナノ
佐疫と射撃

「あっ」
「うーん、ちょっとズレたね」

また外した。ど真ん中の黒い丸からだいぶ離れた所に空いた穴を見つめる。いつも正確に亡者の脳天を打ち抜いている佐疫を改めて尊敬した。

「射撃って難しいね」
「まあ、そんなにすぐできるもんじゃないよ。少しずつだね」
「やっぱ秀才は違うなあ」
「何言ってるの」


困ったように笑う佐疫を見る。任務が佐疫と一緒だった時に、佐疫がいとも簡単に拳銃を扱っているのを見て、「ちょっとわたしにもやり方教えて」と何気なく言ったのが始まりだった。しかし扱ってみるとこれがまた難しい。まず発砲以前にリボルバーやらトリガーやら名称を覚える事が大変だった。そして撃ってみると手がビリビリ痺れて、慣れない感覚にしばらくグリップを握れなかった。初めて早々、早くも諦めの兆しが見えた気がした。その後もしばらく続けているが、あまり上達した気がしない。特訓後、佐疫の部屋にお邪魔して、机に頭をぶつけながら愚痴を零す。

「一ヶ月も続けてるのに…」
「俺だってすぐに扱えたわけじゃないよ、気を落とさないで」
「うーん…」
「あ、そうだ。ケーキ食べる?」
「作ったの!?」

思わず顔を上げた。何でもできる佐疫がついにお菓子作りに手を出したか…もう下手な女子では敵わないレベルの女子力を佐疫が身に付けてしまった。

「まさか、肋角さんに貰ったんだよ。上の人からお土産で貰ったみたいなんだけど、甘いものあんまり好きじゃないからやるって。これ」
「あ、びっくりした…。ていうか、高そうな箱…いいの?」
「うん、どうせ一人じゃ食べきれないし。食べてくれたら嬉しいな」
「ありがたく頂きます」

思わぬ高級スウィーツに目を輝かせてそう言うと、佐疫はにこっと笑って「お茶淹れてくるね、コーヒーでいい?」と言って席を立った。お湯を沸かしながらお皿を準備している佐疫を見ると、本当に完璧なんじゃないかと思う。

「…なんかさぁ、佐疫ってよくできた嫁みたいだよね。男の人ってこういう人と一緒になりたいんだろうなって思う。女のわたしでさえも、佐疫みたいな人と一緒になりたいもん」

がちゃん、とマグカップが床に落ちる音がした。びっくりして床を見た後佐疫を見ると、顔を真っ赤にしてこちらを見ていた。思わずわたしの身体が強張る。

「ど、どうし…」
「あ、あああのさ、なまえ!変な事言わないでよ!びっくりしたじゃん!」
「えっ、ごめ…」
「い、一緒になりたいとか、そんな、」
「えっ、そっち?」
「…えっ?」

わたしはよくできた嫁って言った事に対して佐疫が怒っているのかと思った。しかし、佐疫の顔が紅潮している理由はそうじゃなかったらしい。意味をよくよく考えて理解すると、わたしの顔も赤くなった。佐疫もばつが悪そうに俯いている。気まずい時間が流れる。先に沈黙を破ったのは佐疫だった。

「あ、あのさ」
「は、はい」
「俺は、なまえみたいな人が一緒にいてくれたらいいと思う、んだけど」
「え…」


佐疫を見ると、耳まで赤くさせながらわたしを見つめていた。えっと、なんて言ったらいいか、そういう事なのかな。よろしくお願いします、の一言を言いかけたところで、やかんのお湯がけたたましい音を立てた。


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