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こんなはずじゃなかった。
はじめは、こんなことするはずじゃなかったんだ。
ヤマジタウンのとなりにあるリバースマウンテンのふもと、そこに臨時で作られたプレハブの中で僕は本日何度目かわからない溜め息をついた。
ことのはじまりは3カ月以上も前、ポケモンTVが放送17周年記念を迎えるから、17時間生放送をしよう!なんて企画が立ちあがり、この話が僕にも来たのである。
最初はなんのことはない、イッシュ地方のどこかの取材をするという簡単な依頼だった。だから僕もマネージャーも二つ返事で依頼を受けた。
こんな大きなテレビ番組の記念企画に出れるなんて、これ以上嬉しいことはない。
そう思い企画への参加を決意したのだが、問題はその取材先にあった。
スタッフのみなさんは取材先にいくつも候補をあげていたのだが、その大半は僕が持ってるレギュラー番組で取材に行ったことがある場所だった。
17周年記念の番組なのだから、いままで取材に行った事がない場所にしよう!と当然のように話が進み、僕が意見する間もなくあれよあれよと場所の候補がしぼられていった。
それが、「ジョインアベニュー」「自然保護区」「ジャイアントホール」「リバースマウンテン」「迷いの森」「心の空洞」「誓いの林」「地底遺跡」そして「古代の城」と物騒な場所ばかり。
マネージャーの反対の声はまるで聞こえていないようで、見栄えや視聴率について話し合いが進められて場所が絞られていく。
その過程で、ある1人の人物の名前が頻繁に浮上してきた。
昨年チャンピオンに就任したメイさんだ。
なんと彼女はジョインアベニューの実質的な経営者であり、自然保護区に立ち入ることを許された限られた人物の1人だとか。
ジャイアントホールでのプラズマ団事件解決は言わずもがな、リバースマウンテンなどの地域の調査もしているらしい。
どこからこの情報を入手してきたのかは分からないが、当然のように会議はメイさんと僕の共同取材という形になっていく。
「美人チャンピオンと大人気アイドル!夢の共演!なかなかよさそうじゃないか」
メイさんの出演依頼がおりた瞬間、満足そうに呟いたプロデューサーの顔が忘れられない。
結局その後の会議は一転二転し、当初の企画とは大幅にそれて「ストレンジャーハウスでドッキリ」というものに落ち着いた。
というのも、ちょうど企画会議を行っていたころにストレンジャーハウスでの心霊話が世間を騒がせていたからだ。
大方ゴーストタイプやあくタイプのポケモンの仕業だろう、という見解が出ているのだが、せっかくチャンピョンもこの企画に同行してくれているのだから、その謎解きも含めて場所はストレンジャーハウスにしようとなったのだ。
ドッキリといっても、至るところにお化け屋敷のような仕掛けがしてあり、それにリアクションしながら、スタッフがあらかじめ用意した謎を解いてお題を消化していく、というもの。
番組の中では、ポケモンについての知識や、バトルの腕が試される場面も用意して、この建物の謎解き以外にも視聴者に楽しんでもらえるようにするらしいし、余裕を持った実況が求められることは確実だ。
「まあ、どちらかといえば宝探しみたいなもんだ!盛大にリアクションして、番組を盛り上げてくれよ!」
と、ここまでが僕がマネージャーから伝えられた番組決定の流れだ。
仕事のことは全てマネージャーに任せているとは言え、生放送を幽霊屋敷でどっきりなんて本当に大丈夫なのだろうか。
実を言うと幽霊とかが苦手な僕としては、スタッフが用意した仕掛けだと解っていても怖いものは怖い。
でも、だからと言ってアイドルである僕が怖がる様子を見せるわけにはいかない、その思いが自分の中で余計に番組への不安を助長させていた。
新鮮なリアクションをするために、どこにどんな仕掛けがあるのかは教えてもらっていないんだけど、本当に大丈夫なんだろうか…。
例によってカメラは小型の自動追跡カメラらしく、ストレンジャーハウスに入るのは僕とメイさんの2人だけ。
情けない事に、中に入ってたよりになるのはメイさんとそのポケモン達だけだ。
…いや、もちろん何かあったら男の僕がメイさんを守るけど。
「はぁ…」
こんなはずじゃ、なかったのになぁ。
慌ただしく最終確認を行うスタッフたちを横目でみながら、僕はもう1度盛大に溜め息をついた。
「テンマ!メイちゃんが着いたそうだからご挨拶に行くぞ!」
「あ、はい!」
いろいろと思案していたら、マネージャーに声をかけられた。
生放送、それも大型テレビ局の記念番組だからか、いつもよりも慌ただしい。
プレハブの中でも外でも、沢山のスタッフが休み間もなく準備をしていた。
僕の出演する番組自体は夜の8時から30分放送されて、そのまま状況に合わせて臨時中継という形でゴールまで実況をすすめていく。
いわゆる、小窓(ワイプ)放送という形だ。
大画面で放送されていない間も、小窓で僕たちの様子は実況されるため、いつでも最高のリアクションが出来るように気は抜けない。
そのためにも、メイさんとは充分に打ち合わせをしておきたかった。
しかし、企画が通ってから、実は僕は2回しかメイさんと会ったことがない。
それも、挨拶程度のほんの5分程度だ。
僕もメイさんもお互いに仕事が忙しくて、ちゃんとした時間がとれなかったというのが事実。
チャンピオンだけでなく、ジョインアベニューの経営や土地の調査などもしていれば仕方ないことだ。
けど、正直あまりお互いのことを知らない状態で、いきなり生放送をすることに不安を覚えているというのも事実。
一応合間をみて彼女の取材記事などを見てきたが、仲良くなれるだろうか…。
「失礼します!テンマです!ご挨拶に伺いました!」
「はい!」
中から、元気のいい声が聞こえて来る。
コンコンとノックして控室に入ると、そこにはヘアメイクをされているメイさんがいた。
整えられていた髪を一旦そこで止め、立ちあがって僕の方へと向き直る。
「ごめんなさい、いま来たばかりでまだちゃんとヘアメイクが終わってなかったから…。私からご挨拶に伺うべきでしたよね!」
ぺこり、と頭を下げるメイさん。
「いや、今到着したって聞いてたのに、何も考えずすぐに来た僕が悪いんです。ヘアメイクさんも、お仕事の邪魔をしてごめんなさい」
お互いにぺこぺこと頭を下げたところで、マネージャーが僕に声をかける。
「メイさんもまだ準備中だし、一旦控室に戻ろう。メイさん、突然お騒がせしました」
「いえ、とんでもないです!また後で伺ってもいいですか?本番前に、もっとテンマさんのこと知りたいんです」
「はい、もちろんです!僕もそうしたいなって思ってました!ハハ」
最後に軽く頭を下げて、メイさんの控え室を後にする。
ちょうどクシを入れていたのか、髪をゆったりと下ろしていたメイさん。
雑誌で見たおだんごのふたつむすびの、あの活発そうなイメージと違って優しい印象を持った。
チャンピオンというくらいだし、もっと気の強いイメージを持っていたのだだけに正直内心で面を食らっていた。
「どうだ、今日の生放送なんとかいけそうか?」
「はい!メイさん、思っていたよりも接しやすそうで…。歳も近いし、仲良く番組が作れそうです!」
「そうか、ならよかった。番組の性質上、台本なんかがないから難しいとは思うが、それはその分テンマに期待がかかってるってことだ!しっかりしろよ!」
「はい!」
「それじゃ、俺はちょっと他のスタッフとの打ち合わせに戻る。本番まであと1時間近くあるから、リラックスしとけ」
マネージャーにそう言ってもらい、自然と肩の力が抜ける。
不安と緊張で押しつぶされそう、というのが正直な僕の現状だったけど、少しだけ楽になった。
すると、コンコンと遠慮がちにドアが叩かれる。
「はい…?」
「あの、今回一緒にお仕事させてもらうメイです…!」
「あ、メイさん…!どうぞ、はいってください!」
「失礼します」
ガチャリ、とドアを開けおずおずと中へ足を進めるメイさん。
下ろされていた髪はいつものようにおだんごのふたつむすびになっていた。
「お言葉に甘えて、来ちゃいました!お時間、大丈夫ですか?」
「はい、もちろんです!今日はよろしくおねがいします!」
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