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「グリーン、リーフ、これ見て」

レッドがベッドの下から本を取り出す。
本、というより、子供の日記の様だ。
幼子の字で書かれたそれは、父と妹と過ごす幸せな日々が綴られていた。

「ただの日記じゃん」
「日記はね、これ見てみろ」

パラパラと捲り、後ろを開く。
そこには数枚のメモが挟まれていた。

「…文字がつぶれてて名前のとこが読めねえな…。えっと…」

―おとうさんがそんちょうさんをおしょくじのおへやによんだ。そのあいだに.......をつれてにげなさいって。でもそれじゃあおとうさんはどうなるの?やだよ、おとおさんともいっしょにいたい―

「おい、これって…」
「たぶん、ここに住んでいた子供の日記だ。たぶん、さっきの…」
「足音の奴、か。2枚目読むぞ」

―おとうさんがいったとおり……をねらって、むらのおじちゃんとおばちゃんがいえにきた。おとうさんがどなってるこえがする。とにかく......をかくさなきゃ、……はつれていかれちゃう!おねえちゃんなんだから、わたしが……をまもってあげないと!―

―……をおとうさんのおへやのかくしべやにいれた。したのかいからさけびごえがする。おとうさんのこえがきこえなくなった。こわい、こわいこわいこわいこわい―

「最後、4枚目」

―むらのひとが、いっかいぎしきをしたらしばらくできないってはなしてた。だから、わたしが……のみがわりになってあげることにした。ひとみのいろはちがうけれど、あのことおんなじかおだもの、きっとむらのひとはそれでまんぞくしてくれる。……をかくしべやにおいて、となりのあきべやでみんなをまとう。したのこえがこわい。たくさんないてるようなわらいごえがきこえる。てつのにおいがする。くさい―

「これは…」
「さっきの映像といい、昔この家で何かあったのは間違いないみたいだ」
「硝子目の少女と禊の儀式か…。おねえちゃんなんだからわたしが、ってことは、この潰れた名前の所はこの子の妹のことみたいだな」
「潰れたのか、潰されたのか…」
「え?レッドそれどういう、」
「ねえ…」

グリーンの言葉を遮るように、リーフが不安げな声で呼びかける。

「…ん?どうした、リーフ?」
「…下から、音、聞こえない?」
「え…?」

耳を澄ませる、が。

「何も聞こえないけど…」
「でも、ほらだってあんなに大きく、叫び声とか、笑い声とか、聞こえるじゃないっ!」
「リーフ…?」
「いやだ、やだよう、こんな声もう聴きたくない…」

耳を抑え、嫌がるそぶりを見せるリーフ。
いやあぁ!と甲高く大きな声を出しながら頭を振っている、完全にパニック状態だ。
彼女のただならぬ様子に、レッドとグリーンが焦る。

「おいリーフ、リーフ!落ち着け!こっちみろ!!」
「いやあ!やめて、来ないでえ!!」
「リーフ!」

パンっ!

レッドが、彼女の顔の前で力強く手を叩く。
いわゆるねこだましだ。

「あ、っ…」

その音に我にあえったリーフは、落ち着きを取り戻した。

「リーフ、落ち着いて。大丈夫、ボク達が一緒にいるから」

「あ、あ…、レッドくん、グリーンくん、ごめんなさい、わ、たし…」
「大丈夫だ。落ち着いたか?」
「うん…」

まだガタガタと体を震わせるリーフ。
そんな彼女の手を、左右からそれぞれ優しく握る。

「ありがとう」

そのぬくもりに安心したのか、ほっと息を漏らす。

一方で2人は、リーフの尋常じゃなく冷えた手のひらに、焦りを覚えていた。



**



そのまま、4つ目の部屋へと向かう。
中に入ると、そこには金髪の美しい女性の肖像画が飾られていた。
結構な大きさの絵である。
ベッドや部屋の作りからして、どうやら誰かの部屋のようだった。

「おとうさんのへや、か…」
「それって、どこかに隠し部屋があるってこと?」
「さっきのメモを信じるならな」

眉間に皺を寄せたまま、グリーンが呟く。
とにかくこの部屋は念入りに調べてみよう、ということで、捜索することに。
ベットの下、本棚、床の木目。
怪しそうな場所を徹底的に調べる。

「レッドくん、グリーンくん、これ…!」

本棚を調べていたリーフが、1冊の手帳を持ってきた。
こげ茶色の革張りのそれは、見るからに高そうだ。

「手記だな」

そう呟いて、ペラりと中をめくる。

「筆記的みて、最初に見つけたメモと同じ人のモノみたいだ」
「父親のもので確定、か…」

―彼女を連れてこの森の中の村に逃げ込んでから、もう数か月が経った。閉鎖的なこの村でなら、彼女がこの国にいることは分かるまい。ひっそりとした生活になるが、なんとか生きていけるだろう。持っていた金をほぼ全てつかい、この村の宮大工に家を建ててもらった。彼女の国の家に造りを似せたものだ。彼女がさみしくないように―

―やはりこの村でも金の髪と青い瞳は忌嫌われてた。彼女と同じ金の髪を持つ男がこの森に迷い込み、村人によって殺されてしまったらしい。ここへ逃げてくる前に、髪を黒く染めていたのは幸いだったようだ。彼女が本来持つ金色の髪や透けるように白い肌。天の使いと言われるなら分かるが、なぜこんなにも畏れられなければならないというのだ。今日もまた、墨を使って彼女の髪を黒く染めた。瞳が私たちと同じ色をしていたのは幸いだったのかもしれない。髪さえ染めれば、村人も気づきはしない。彼女は、私たちは、ただ愛し合っているだけなのに。共に生きていきたいだけなのに…―

―最近彼女の様子がおかしいと思ったら、どうやら妊娠しているらしい。ほんの少しだけ膨れたお腹に話しかける姿が愛おしい。村の人々は、異国の言葉を話す彼女を怖がっているため、わたしたち2人だけの力で子供を取り上げなければいけない。難産になるだろうが、どうか無事に元気な子供を産んでくれー

―今日、無事に出産が終わった。赤子はどうやら女の子の双子だったらしい。2人とも元気な子だったが、その代償として彼女は…。この娘たちは彼女の忘れ形見だ、わたしが絶対に幸せに育てて見せよう。双子のうち1人は、以前彼女から聞いた彼女の母と同じ、青い目の色をしている。2人とも、母に似て美しく育つになるに違いない―

―どうやらこの村には、硝子目の忌児という伝承があるらしい。その伝承について詳しく調べたところ、どうやら娘のうち妹の方は、その硝子目と呼ばれる存在のようだ。硝子目の忌児は4歳になると目を抉り取られるという。娘にそんな仕打ちをさせるものか。必ず守る。だが、他に行く当てもなく、彼女の死んだこの家を離れることにためらいがあるため、この家でひっそりと家族3人生きて行くこととする。元々村人とは関わらず生きてきた、幸い子供たちの髪は2人とも黒い。このままひっそりと暮らしていけば問題は無いはずだ―

―もうすぐ娘たちは齢4つを迎える。村は新年の準備に忙しいようだ。だが最近、どうも村人の様子がおかしい。今まで関わろうともしなかったくせに、何やら私の屋敷に来ては、中を伺う様に覗き見ているー

―どうやら、娘の存在がばれているらしい。儀式を決行するのなら、年が明けて娘たちが4つになる前に逃げなければならない。今日はもう晦日である、時間が無い。必要最低限のものだけ荷物をまとめた、今夜にでもここを出るつもりだ―

―いざ屋敷を出ようとしていると、村長が来た。穏便な様子だが、娘の存在を探すように屋敷の中を伺っている。双子の1人は黒目とはいえ、顔立ちは彼女に似ている。存在を伺い知られるわけにはいかない。村長をもてなすふりをして、彼が好きだというヨウカンに毒を仕込むことにした。罪悪感は残るが、娘を守るためだ、許してほしい―

「…やっぱり、この家に硝子目の忌児がいたんだ」
「そうみたい、だな…」
「さっき食堂のごみ箱に毒消しって書かれたビンを見つけた。たぶん、あれは…」

彼の手記の続きは、想像に難くない。
この父親と娘のことを考え、不愉快な気持ちが込みあげる。
そんな気分を打ち消すように、3人は黙々と部屋の捜索を続けた。


*


「うわああああああああああああああああ!」

突然、グリーンの叫び声が部屋に響き渡る。
しりもちをついた彼の視線の先には金の髪を持った美しい女性の肖像画。
その肖像画の目の部分は硝子が埋め込まれているようで、実際に透けていた。
その硝子から、僅か中がのぞけるようだった。
どうやらグリーンは、そこから中を伺ったらしい。

「グリーンくん、大丈夫!?」
「な、中!お、おお、女の子!!」

よほど動揺しているのだろう、呂律がうまく回っていない。
リーフはそんなグリーンに寄り添うように膝を付いた。
一方で、意を決してレッドが絵を掛けから取り除く。

そこには、ひと1人が入れるくらいの小さな空間があった。

「これが隠し部屋、か」
「何にもないよ、グリーンくん」
「あ、あれ?いまたしかに、目があった気がしたのに…」

呼吸は興奮で荒いままだが、空っぽの中をみて幾分落ち着きを取り戻したグリーン。
3人で、覗き込むようにしてその場所を見つめる。

「その妹″は、ここに、隠れてのか」
「隠し部屋というより、小さな空間だな」
「こんな狭いとこに、ずっといたなんて…」

懐中電灯で中を照らす。
すると壁に書かれた文字が照らしだされた。

「きゃあっ!」

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…

あまりの光景に、グリーン動揺しりもちを付くリーフ。
壁一面に埋め尽くすように書かれた「ごめんなさい」という文字。
ただでさえ恐怖で怯える3人に、効果は絶大だった。
ごくり、と誰かがつばを飲む音が響く。

「…これ、血で書いたのか?」
「…ねえ、ここ」

赤くさびれたその文字に釘づけになっていると、レッドが何かを見つけたらしい。
その場所に懐中電灯を向ける。

次第に血が乾いていったのだろう、徐々にかすれていったごめんなさいという文字の中、レッドが照らした場所のみが新しく出された血によってくっきりと書かれていた。

『……ユルサナイ』

「っ!?」
「きゃあああ!!」

ふいに背後から聞こえた幼い女の子の声。
この言葉は、そこに書かれていた文字と同じものだ。
ぎょっとして振り向いたが、そこには誰もいない。
動揺で、呼吸と動悸が一気に激しくなる。

再び恐怖が、体を支配した。



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