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咄嗟に、階段へと踏み出した足を下げるグリーン。
走る音が軽いことから子供のものだとは思う、が。

「なんだよ今の音。誰かいるのか…?」
「誰かが走っていったのは間違いない、物が落ちたり、壊れたりしたような音じゃなかった」
「…やだよ、いったいなんなの…?」

エントランスから2階を見上げる一同。
正直、心臓はこれ以上ないほどに早く動いていた。
身を寄せ合い、伺う様に様子を見るが、足音が止まってからは何も起こらない。

「…ここでじっとしててもしょうがない。行こう」

数分そんな硬直状態が続き、意を決してレッドが口を開いた。
行きたくない、という重いが大半を占めていたが、どうしようもないことも事実。
うん、と力強く頷くと、再び3人は階段に足をかけた。



恐る恐る、しかし確実に階段を上っていく。
警戒を解くことなく周囲に気を配りながら、2階の様子を伺う3人。
吉か凶か、そこには子供はおろか人の姿すらなかった。

「よし、行くぜ」

少し安堵の混じった声で、グリーンが2階へ続く最後の階段を上る。
2階の踊り場は、思っていた以上に広かった。
一通り回ってみて、屋敷の作りを見てみる。

「部屋は両端に2つ、と…たぶん小部屋がいくつか、この先にあるんだろうな」

2階の中央に立ち、さらに奥へと続く扉を照らしながら恨めしそうに呟くグリーン。
結構な大きさの屋敷だとは思っていたが、中は想像以上に大きかった。
3人が上がってきた階段のすぐそばに部屋が1つ、反対側にも同じように階段と共に1つ。
そして、おそらく食堂の上に当たる部分に備え付けられたであろう小部屋へ続く廊下への入り口。

「さて、どこから調べる?」
「うーん、そうだね…。何か、ここの屋敷の住人について分かるような部屋とかから見ていけたらいいんだけど」
「じゃあ寝室、とかか?」
「寝室はどの部屋だよ…」
「……だよな。やっぱ、虱潰しに探して行くしかねえか」

結局、自分達が上がってきた階段の上。つまり、像のある方の部屋から探索することになった。

「…物置、か?」
「段ボールに本がたくさん」
「引っ越してきたばっかりとかかな?」

部屋の中は、比較的モノは少なかった。
本棚から取り出されたのか、床にいくつかの本が散乱し、段ボールも置かれている。
個人部屋として使っていたわけではなさそうだ。

「それにしちゃ、置いてあるものが偏ってるだろ…。ん?」
「どうした、グリーン」

ふと、何かに気付いたのかグリーンが一か所に光を当てる。

「なんだこれ。…ヨウカン?」

拾い上げれば、紙包みから開封されていない羊羹の包みだった。
懐中電灯をレッドに返し、リーフとそのヨウカンを調べる。

「もりのヨウカンって書いてある…。ダジャレ?」
「バカリーフ、んなわけねーだろ。ここの当主がヨウカン好きだったとか、そんなんじゃね?」
「…確かに、これ箱から出されてるし、もう1つを持って行った時に落としたのかもね」

どういう意味だ?とグリーンが顔を向ければ、察していたのか「ほら」と言って何かを投げられた。
慌てて空いている手でそれを受け取る。
みれば、手にしている羊羹の紙包みと同じようなパッケージの箱で、明らかにこの羊羹が入っていたものだ。

「あぁ、つまりこのヨウカン、2個入りだったってことか」
「ご名答。よっぽど出す時に急いでたみたいだね、箱もそのまま床に落ちていたし、もう片方も落としたまんまだし」
「片付ける癖が無かったとかか?普通床に食べ物落としたまま放置するかね」
「何か理由があるのかもね…」
「…まぁ、ヨウカン1つで色々推測しても埒が明かねえし、もうちょっと調べてみようぜ!」
「うん」




「結局、めぼしいモノはヨウカンだけだったな」
「段ボールの中も本ばっかりだったし…」
「洋書と歴史書、あと画集。あんまり統一性がないけど、住民の趣味だったのかな」
「わからねえ、せめて何人で住んでいたのかが分かれば別なんだけどな」

一通りの捜索を終えた3人は、反対側の部屋へ向かいながら結果をまとめる。
といっても、グリーンの言うように、これといったものはヨウカンぐらいしかなかったのだが。

「そういえば、あのヨウカンはどうしたの?」
「あぁ、本棚の上に置いてきた。さすがに食えないだろうし、持ってても邪魔だからな」
「それもそうだね」

捜索している間、何の心霊現象に合わなかったせいか、比較的先ほどよりも落ち着いている3人。
さすがに警戒は解かないまでも、その足取りは少し軽くなった。

「よし、じゃあ次はこの部屋だな」
「うん、気を付けて開けてね」

奥へとつづく入り口を通り抜けて、反対側の小部屋の前に立つ。

「行くぜ」

ガチャっ、と勢いよく扉を開けるグリーン。
先ほどの部屋よりもむっとした埃っぽい空気が立ち込めた。

「……うわ、埃くせえ」
「本棚がたくさんある。書斎かな」

中に入れば、先ほどの部屋の何倍という量の本がその部屋には置かれていた。
埃っぽかったのはこのせいだろう。

「にしても、ここの住民本が好き過ぎるだろ」
「よっぽど家に籠った生活をしてたのかもね」
「とりあえず、いろいろ探してみよ?今度こそなにか分かるかもしれないし…」
「つっても、さっきはほとんどが洋書だったからな。内容なんて入ってこなかったもんな」

さすがに疲労がたまってきているのだろう。
グリーンだけではない、レッドもリーフの明らかにその表情には疲れが見えていた。

「がんばろ、ね?」
「おう。だな、弱音吐いても何にもなんねえし。…よしっ、気合入れて探そうぜっ!」

それでも気合いを入れ直し、捜索を再開する3人。
すると、すぐにレッドが「あ、これ…」と1冊の本を持ってきた。

「この本、なにか書きなぐった後がある。…古来伝承の民族学?」
「前にここに住んでたやつの趣味か?不気味だな」
「他の本は背表紙がきれいに並べられていたのに、この本だけ無造作に上に積まれてたんだ」
「なにか意味があるのかなあ?」
「なんかメモも挟んであるじゃん。とりあえず本から読んでみようぜ」
「うん、えっと、付箋のあるところ読んでみるね。硝子目の忌児について″…?」

―このバイベン村には古くから忌児として伝わる硝子目の忌児の言い伝えがあるらしい。
閉鎖的な村だったため独自の文化が栄えていたようなので、このような伝承があっても不思議ではない。
硝子目の忌児は、村が飢饉に陥る数年前に必ず生まれるとされており、その忌児はすべて女である。
もしもその子供が生まれた場合、4歳の誕生日に禊(ミソギ)をという儀式を行うことで
彼女がもたらす飢饉を回避することが出来るらしい。
禊の内容については今後調査を進めていくー

「研究者かなんかのものか」
「それでこんなとこにしまわれてたんだね」

―禊とは、その音の通り身を削ぎ落す行為である。
硝子目の忌児の目を抉りだし、社に祀ることで飢饉は回避される。
禊に立ち会うのは全て女性でなくてはならない。
少女の四肢にクサビと呼ばれる杭を打ちつけ、
彼女の母親が娘の瞳を素手でえぐり取るのだ―

「……えげつねえな」
「うん…」
「ねえ、もしかして、この村って…」
「さあな」
「あ、裏に紙が挟まってる」
「よし、じゃあ次はそれを読んでみようぜ…うわっ!?」
「きゃあっ!!」

ドドドドドドドドドドドド!!

突然の地響き、揺れて倒されようになる本棚。

「リーフ、危ないっ!」
下敷きになりかけたリーフの手を引っ張り、慌てて部屋を飛び出す。

「なんだ今の!」
「地震…?」
「…古い洋館だし、次にまた地震が来たらいつ崩れるかも分からない。早く脱出経路を見つけた方がいい。急ごう」

部屋の中でバラバラに倒れていく本棚を見ながら、3人は不安の色を顔に浮かべる。
揺れはもう収まっていたが、とてもじゃないが再びこの部屋に入る勇気はなかった。
まるで、悪意のある攻撃、そんな感覚があったのだ。

「そうだレッド、本は?」
「大丈夫、持ってきた」
「直感だけど、なんか特別な本っぽいし、持ってたら何か役立つかも知んねえな」
「とりあえず、次の部屋の調査をしながら、さっきの本も見ていこう」
「うん」

そうして3人は、2階の奥へと続く入り口に入っていった。






「にしても、薄気味悪い家だよな」
「古いから風化してて、っていう部分もあるだろうけどね」

狭い通路越しに、5つ均等に設置された小部屋を見つめながらそう呟く。
薄暗さも助長して、立派な洋館であるにも関わらず、不気味な雰囲気に呑まれていた。

「…ここで立ち止まっててもしょうがねえ。さっきの足音とか地震も気になるけど、とりあえず進もうぜ」
「あぁ。さっきと一緒で、左側の部屋からでいい?」
「うん」

通路の入り口から向かって1番左の部屋。
意を決してレッドがドアを開ける。
そこには、無造作に机や椅子、本棚と一緒にダンボールの箱が置いてあった。
家具や箱の配置からして、物置に使われていた部屋だろう。

「そういえばさっきの本、何か書きなぐってあるって言ってたけど、なんて書いてあったの?」
「わからない、字、汚かったから」

レッドが本を懐中電灯に当てる。
確かにその裏表紙には、何かが殴り書きされていた。

「あんな得体の知れ...にモ...を持っていかれるとは...″……?」

何とか読み取ろうと字を推測するが、やはりわからない。

「大事な部分が欠落してんな。何かを持ってかれたのは間違いなさそうだけど…」
「でもそれをここに書きなぐって、わざわざ書斎に置きに行くなんて、変じゃないか?」
「だよな…」
「そもそも何を持って行かれたのか分からないんだし、推測しても意味ないのかもね?」
「だね、でもわざわざこの本に書きなぐったのは、何か意味があるだろうし…。次はこのメモも読んでみよう」

一縷の望みをかけて、レッドはボロボロのメモを開いた。







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