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シンオウ地方、ハクタイシティ。


レッド、グリーン、リーフの3人はオーキド博士の好意でこの土地へ旅行に来ていた。
日頃彼の研究を手伝っているお礼らしい。

「絶対帰ってからしんどいことさせられるんだぜ」

膨れっ面で不服そうにそう呟くグリーン。
飛行機を降りてからずっとこうだ。
コトコトといまどき珍しい蒸気機関車に身を預けて、外の景色を見ようともしない。

「もう、グリーンくんってば。まだそんなこと言ってる!素直に感謝出来ないの?」
「グリーンの捻くれ者」
「お前等はじーさんを過大評価し過ぎなんだよ!ちいせえ頃からずーっと同じような口実であちこちのフィールドワークさせられてきた俺が言うんだから間違いねえって!」

リーフとレッドから非難されるも、彼は自分の意見を曲げなかった。
オーキド博士のご褒美には必ず裏があると、彼は長年の経験から熟知しているのだ。

「もしそうだとしても、素直にお手伝いすればいいじゃない。ただで旅行させてもらってるんだから、それくらいしたって罰は当たんないよ?」
「俺は覚悟しとけよ、って忠告してやってんだよ。旅疲れしてる時に何か頼まれるのと、最初から分かってんのじゃ気持ちの持ちようが違うだろ」

リーフにそう言い返し、「ねる!」といって目を瞑ったグリーン。
彼の狸寝入りにあきれ顔でため息をひとつついたリーフは、そっと手元にある雑誌に目を落とした。



― 草木の街 ハクタイシティ ―



そう大きく見出しを付けられたそこには、木々と笑顔のあふれる街の様子が特集されていた。
絶対食べたいご当地料理!と書かれた場所には、ご丁寧に赤線まで引いてある。
それを目にして、くすりと笑みを溢すリーフとレッド。

「ほんと、グリーンって素直じゃない」

そのアンダーラインは、飛行機の中でグリーンによって引かれたものだった。






「やあっと着いた!」

ぐっと空に向かって背伸びをする3人。
空は晴天、まさに観光日和である。

「あの、オーキド博士のところのお客さまですか?」
「え?」

ふと、背後から話しかけられた。
振り向けば、水色の浴衣を着た同い年くらいの女の子。

「はい、そうですけど…」
「あぁ、やっぱり!私、みなさまのお世話を任されました、ハクタイ旅館の者です!お迎えにあがりました」
「それはわざわざありがとうございます、今日からお世話になります」

代表してオーキド博士の孫であるグリーンが頭を下げる。

「長旅でお疲れでしょう?車でお連れしますので、旅館までゆっくりなさってください」

小さく会釈をしたその女性は、目の前に止めてあったワゴン車のドアを開けた。
その車からひんやりと冷房の効いた風が漏れる。
シンオウとはいえ季節は夏、カントーよりはマシだといっても暑いことには変わりなかった。
カンカン照りの陽射しから逃げるように、3人は嬉々として車に乗り込んだ。




「お待ちしておりました」

車が旅館の前に着くと、上品な着物を着こなした女性が出迎えてくれた。

「私、この旅館の女将でございます。ようこそいらっしゃいました」
「3日間、お世話になります」
「こちらこそ、どうぞゆっくりなさってくださいね。…お荷物はうちの者に運ばせます、まずはお部屋へご案内しますね」
「はい、お願いします」

いつの間にか車から台車に荷物を積んだ男の子が、小さく会釈をしてリーフたちの後ろへとついた。

「それではみなさん、申し訳ありませんが1度失礼いたします。後ほど、お食事の際にもお部屋の方に伺いますので」
「ありがとうございます」
「さぁ、どうぞ。こちらです」

女将と別れ、先程3人を出迎えてくれた女性の案内に続く。
途中途中で食堂や大浴場の案内をされながら進めば、一番奥の部屋へ案内された。

「こちらのお部屋がレッドさまとグリーンさまのお部屋で、そのお隣がリーフさまのお部屋でございます」

ガラガラと扉をあけると、結構な広さの部屋があった。
畳が敷かれた和風のその部屋は、庭までついていて非常に豪勢である。

「すげえ…」
「お部屋の説明をいたしますね」

予想をはるかに上回る豪華なその部屋に、グリーンは喜ぶどころか胃が痛くなるのを感じた。

「(こりゃかなり厄介なことさせられるな…)」

そんなグリーンの隣で、リーフは眼を輝かせながら女中さんの説明を聞いている。
よほど嬉しいのだろう。

「……以上になります。何かご不明な点はございますか?」
「いいえ、ありがとう!素敵なお部屋ね!」
「お気に召しましたなら幸いです、ごゆっくりなさってください。ご夕食は7時にお持ちいたします」

ぺこり、とお辞儀して部屋を後にする2人。
彼らが出て行った瞬間、わあっと漏れるリーフの歓声。

「すごいお部屋だね、レッドくん、グリーンくん!ねえ、わたしの部屋も見てみようよ!」
「うん」
「ほら、グリーンくんも早く!」
「へいへい」

無邪気にはしゃぐリーフは、そのままくるりと向きを変えて受け取った鍵を片手に隣の部屋へと足を運んで行った。

「楽しそうだな、うちの女王さんは」
「いいことだろ。グリーンだってリーフが喜ぶ姿みて内心嬉しいくせに」
「るっせ。あー、絶対ろくなことさせられないぜ俺ら」
「可愛くない孫」

レッドのその言葉に、グリーンは言い返す気力も起きずもう1度胃をさすった。






「はぁー、美味しかったぁ!」

満面の笑みでそう溢すリーフ。
そのお腹は妊婦よろしく膨れている。

「うん、美味しかった。シンオウは食の宝庫って聞いてたけど予想以上だ」
「ごちそうさまです、女将さん」
「みなさまご満足いただけたみたいで、うちの板長も喜びますわ」

そんな3人の様子に満足げな笑みを浮かべる女将。

「これから何かご予定はあるんですか?」
「今日はゆっくりしようと思ってます、この旅館の温泉にもゆっくり浸かりたいし…」
「まあ、ありがとうございます。自慢の風呂ですので、ぜひご堪能くださいね」
「はい、楽しみです。明日は他の街にいって1日観光してきます!」
「ふふ、シンオウは名所がたくさん在りますもの、きっと楽しい時間になりますわ。お気をつけて行ってくださいね」
「ありがとうございます」
「そういえば、今日のうちにこの辺の散策とかもしてぇよな」

グリーンがそう言った瞬間、一瞬女将の顔が厳しくなったことをレッドだけは見逃さなかった。

「女将さん、この辺でおすすめの場所とかありますか?」
「あ、はい…。そうですね、町の方でしたら陶芸体験なんかができる場所がございますわ。観光客の方に人気で…。よかったらおためしになってください」
「すてき!時間もあるし行ってみよう?」
「おう!そうだな!」
「ただ…」

歯切れ悪く女将が続ける。
その様子を見てさすがにグリーンとリーフも気付いたらしく、「どうかしましたか?」を不思議そうな表情を浮かべた。

「あ、いえ、街の方へ行かれるのなら結構なんですが。…この旅館から西の方に、森があるのはご存知ですか?」
「あ、来る時に電車から少し見えました」
「あの森、天然の迷路になっていて。地元の人間も滅多な事じゃ近づかないんです。過去にも迷子になったお客様がいらっしゃって大変だったんです。だから、森には近づかないようにお願いしますね」
「わかりました、そうします」
「よかった。…では、そろそろ失礼いたしますね。街まででしたら必要ないとは思いますが、もし車が必要な時はお声かけください」
「はい、ありがとうございます!」

丁寧にお辞儀をすると、女将は部屋を後にした。

「…で、どうする?」
「どうするって何が?すぐ出発しようよ、お夕飯に間に合わなかったら嫌だもん」

楽しそうに尋ねるレッドにそう答えたリーフだが、その返答はグリーンにわざとらしい大きなため息をつかせただけだった。

「わかってないな、リーフは。女将さんの様子見ただろ、森、絶対何かあるぜ」
「うん、言葉づかいこそ丁寧だったけど、明らかに行くなって命令してるような威圧感があった」
「何か隠してんだって、その森に!それこそシンオウって沢山伝説あるし、財宝かなんか眠ってて、それを外部の俺たちに見つけられたくないとか!」

熱弁するグリーンとレッドに、リーフが怪訝そうな表情を浮かべる。
気分はすっかりハクタイの街並を歩く気でいたのだから仕方がない。

「そんなことないと思うけど…。昔お客さんが行方不明になった時、捜索とか大変だった思い出があるだけじゃない?」
「なんで女ってそんなロマンの欠片もないようなことを言えるかね。いいか?女将さんがはっきり理由を言えない何かがあの森にあるのは間違いないんだぜ?行かないわけねーだろ?」
「リーフが森には行かない、って言った瞬間の女将さん安堵した表情、リーフだって見たでしょ。気にならないの?」
「んー。そういわれれば、気にはなるけど…。でも、明日はヨスガシティまで観光に行くんだよ?あんまり体力使いたいくないもん」
「風呂入って飯食って寝たら体力なんていくらでも戻るって!な?行こうぜ!」

リーフも、さすがに1人でハクタイの街を歩こうとは思っていなかった。
幼馴染3人で遊びに来たのだ、陶芸体験にも興味はあるが、3人で行動できるほうがよっぽど嬉しい。
長年の付き合いからレッドとグリーンが意見を曲げないことは、リーフはもう重々承知していた。

「…もう、しょうがないなあ。迷いそうな感じだったら、すぐ戻ってきて街の散策にプラン変更だからね?」
「よっしゃー!さんきゅ、リーフ!」
「そうと決まればすぐ行こう」

途端に嬉しそうな表情に変わったグリーンとレッドは、嬉々として旅館を後にしたのだった。






森は、3人が思っていたよりも薄暗かった。
だがうっそうと茂った木々のおかげで暑くなく、しかも差し込む木漏れ日が気持ちいい。

「んー、ちょっと暗いけどなかなかいい場所だね」
「おう、道幅も広いし、そこまで複雑そうでもねえな」
「トキワの森の方がよっぽど狭くて複雑」
「たしかに。真夏なのに暑くないし、女将さんには悪いけどいい場所だね、ここ」

過ごしやすい環境に、リーフも満足したようだった。
空を見上げたり、木々の影から顔を出すウサギに手を振るなど、彼女なりに森の散策を満喫していた。
結局、2時間近く探索をしていただろうか。
3人は今、来た道を帰っているところだった。

「結局、面白いもんっていったらつるつるした変なコケの岩くらいか?」
「あれ、さわり心地よかったね」
「まあな。なんであの岩だけあんな風になったんだろうな。近くに川とかが流れてるわけじゃなかったみたいだし」
「湿度とかが関係してるのかもな。…あ、出口だ」
「ほんとだ!ちゃんと帰ってこれてよかった…、あれ?」
ふと、リーフが足を止める。
「リーフ、どうした?」
「あれ、なんだろ…?家…?」

まだ入り口から入ってすぐだが、リーフが何かを見つけたらしい。
彼女の視線を追ってそちらを見れば、なるほど見るからに古びた洋館が建っていた。
その洋館の回りには、確認できる限りは草が生え、木々がまるで洋館を覆うようにして茂っている。
どうやら手入れはされていないらしい。

「入った時は気付かなかった。こんな建物があったんだ」
「結構でかいな…。人が住んでんのか?」
「それはないんじゃない、回りが木で覆われてるし、荒れ放題」
「たしかに。あれじゃ住んでても外に出れないもんね。…あれ?」
「どうしたの、リーフ?」

擬音を出すリーフを見れば、不思議そうな顔をしていた。

「いま、2階から誰かに見られてたような…」
「は?まじかよ」
「とてもじゃないけど、人が住んでいられるような家じゃないよ?」
「うん、そうだよね。もう見えないし気のせいかな?」
「もしかしたら、昔この洋館に住んでた人の幽霊かもな!」
「やだ、やめてよ。もう、グリーンくんのばか!」

悪乗りするグリーンにリーフが怒る。
それを見てグリーンは楽しそうに笑った。

「冗談だって!本当怖がりだよなお前」
「まあ、木が風で揺れたとか、そんなんだよ」
「ならいいんだけど…」

あまり浮かない顔をするリーフ。
よほどはっきり2階の気配を感じていたのだろう、すっきりしないようだ。
しかし、幽霊だなんて考える方が恐ろしい。
そう自分に言い聞かせて、リーフは森の奥へと進もうと体の向きを変えた。
その時。

「お!あそこの木!」

ふと、グリーンが洋館の方へ近づいて行く。

「この木、がんばれば折れそうじゃね?中入れるかもしんねーぞ!」
「ねえ、もう止めようよ。だれかの私有地だったらどうするの?」
「大丈夫だって、こんなに荒れてるってことは、誰も管理してねぇ証拠だろ?中に入って確かめたら、さっきリーフが感じた視線も気のせいだってわかるし。怖くなくなるだろ」
「もともと怖がらせたのはグリーンくんでしょ!だめだよ、ただでさえ女将さんとの約束やぶって来てるんだから」
「なんだよ、ノリ悪ぃな。レッド、お前は中見て見たいだろ?」
「うん、でも時間ないよ」
「え?今何時だよ」
「4時過ぎ。でも、夕飯の前に温泉に入りたいから」
「風呂くらい飯くってからでも入れるだろ?」
「日が出てるうちに入るが1番のおすすめ、ってグリーンの持ってた旅行雑誌に書いてあった」
「明日は朝から1日ヨスガ観光だし、明後日にはもう帰るから、お昼に入るなら今日しかないね?グリーンくん、どうする?」

レッドの提案にここぞとばかりに乗ってくるリーフ。
やはり中には入りたくないらしい。

「なんだよ、つまんねーの!」

そんな2人の様子に折れたのか、しぶしぶ戻って来たグリーン。

「んじゃ、帰るか」

もう1度洋館に視線を向けたあと、3人は背を向けて森の出口を目指した。




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