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そこは、恐らく森の中だった。
「(あの苔の生えた岩には見覚えがある、昼間、3人で遊びに行った場所だ…)」
朦朧とする意識の中で、頭の中に流れてくる映像を見ていた。
たくさんの大人たちが、女の子を抱え上げてその場所に向かっていた。
苔の生えた岩の上には、昼間は無かった社があった。
その社には、十字架のような木の板も備えつけられている。
「(あぁ、ここは、さっき映像で見た場所なんだ…)」
同じ場所だが、出てくる人々の服装が比較的近代的だった。
きっとこれは、あの映像とは別の儀式。
恐らく、さっきの少女の記憶なのだろう。
予想通り、目隠しをされた少女は、十字架に縄で固定される。
そして、男性は皆その場を後にしていった。
『これより、禊の儀式を行う』
1人の女性が、そう言い放ち、少女の目隠しを外した。
青ではなく、黒い瞳が女性を見つめる。
『終ぞ、この家の硝子目は見つけられなんだか』
重々しく、女性が呟く。
『そなたたちが双子なのは知っておる、その内の片割れが硝子目なのもな。…だが、村に飢饉が迫っておる、残された時間はもうない。ソナタが硝子目でなくとも、贄は必要なのだ…』
4人の女性が、一寸釘を持って少女に近づいていく。
『同じ血を持つソナタなら、贄になりうるかもしれぬ。ソナタに恨みはない、だが、村のためなのだ』
一呼吸おいて、女性がゆっくりと呟いた。
『……許せよ』
瞬間、黒目の少女は嬉しそうに笑った。
*
社に、黒い瞳が祀られる。
その横では、大きく開けられた穴の中に、痛みに悶える少女の姿があった。
人々は一様にして何かをぶつぶつと唱えながら、ぐるぐると社と少女の入った穴の周りを回っていた。
そして、しばらくその様子が続いたのち。
痛みと出血で息も絶え絶えとなった少女の上から、土をかけ始めた。
少女を、生きたまま埋めているのだ。
『あはは、あは、はははは、あはははっはははははっはっははっははっは』
不意に、少女が笑い始める。
『これで、しばらくぎしきはできない、あのこは、だいじょうぶ、あは、あはははははっ』
狂ったような声を上げる少女。
突然のことに驚いた様子だったが、先ほどの女性の『手を休めるな!』という声で再び作業は続けられる。
そしてすぐに、幼い少女の体と声は、地面に埋められ消えてしまった。
*
日が昇り、沈み、また昇った。
それを5回繰り返した月夜の晩、1人の少女が現れた。
背格好も、顔立ちも、先ほどの少女と瓜二つ。
ただ違うのは、月明かりに照らされたその瞳が、青く透き通っているだけだった。
「(硝子目の少女だ…)」
少女は、社に祀られた姉の瞳を見て泣いた。
姉の血液で、新しく生えた苔を愛おしそうに触った。
『おねえちゃん…』
そう呟くと、少女は、ゆっくりと、マッチに火を着けた。
『あたらしいめ、あげるからね。ずっといっしょだよ』
燃え盛る木々に囲まれながら、少女は、嬉しそうに笑っタ――
**
「――ッ、はぁ、はぁ、はぁ、っ」
突然、意識が戻った。
勢いよく顔をあげ、目の前の少女を見る。
良く見れば彼女の頬には焼けただれた後があった。
『うふフフふ』
記憶の映像と同じ声で、楽しそうに笑う少女。
『ずーっト、探しテたノ。おねえちゃんにピッタりな、真っ黒の瞳』
リーフの瞳を愛おしそうに見つめながら、そう発する少女。
同じように映像を共有したレッドとグリーンが、戦慄する。
『ヤッと、やっト見ツケタ…』
ふわり、と少女の体が浮いた。
リーフはもちろん、レッドとグリーンも体が動かない。
ゆっくり、ゆっくり、少女の体がリーフに近づく。
「…あ、い、いや…、来ない、で…」
絞り出すように、リーフの声が漏れる。
だがそんなことはお構いなし、というように、少女は変わらずゆっくりと近づいて行った。
そして、そのまま右手を伸ばす。
必死で身を捩ろうとするが、体が全く動かない。
瞼すら、閉じることが出来ない。
「ひ、ぃ、ぁ…っ!」
『ねェ、アナタの瞳、チョウダイ…?』
伸ばされた少女の手が、リーフの瞳に埋まる。
「きゃあああああああああああああああ!!!!!!!!」
リーフの絶叫が、洋館に響き渡った。
瞬間、グリーンとレッドが金縛りから解放される。
「リーフっ!」
「くそっ!」
手で顔を抑え、蹲るリーフ。
痛みを紛らわすためなのか、悲鳴が続く。
自由になった体で慌てて駆け寄るレッドとグリーンだったが、どうしていいかも分からない。
「リーフ、しっかりしろ!」
「う、あぁ、熱い、目が、熱いよぉ…!」
「リーフ、ごめん…」
痛みで気が狂いそうになっているリーフを見かねて、レッドが彼女に手刀をいれる。
ふっ、と意識を飛ばし、倒れ込む。
恐る恐る、彼女の顔を見る。
しかし、閉じられた瞼にはしっかりと膨らみがあり、瞳をえぐりとられたような窪みは無かった。
一気に安堵するレッドとグリーン。
しかし、そうゆっくりもしていられなかった。
消えた少女の代わりに、後ろからうめき声と足音が響いてきたのだ。
振り向けば、和服を纏った人々が襲い掛かってくるところだった。
彼らの顔や体には、ひどいやけどの後がある。
手記にあった村人のようだ。
「くそ、逃げるぞっ!」
リーフをレッドに任せ、自分は突破口になるべく村人の中へと突っ込むグリーン。
なんとか必死に振りほどき、そのままエントランスへと走った。
「扉から、あの嫌な感じがしない…」
走りながらレッドが伝える。
後ろから迫ってくる村人を尻目に、時間がないことを再認識した。
一か八か、掛けて見る価値はある。
「うぉりゃああああ!」
グリーンが渾身の力で玄関に体当たりする。
すると、バンッと勢いよく扉が開いた。
ついた勢いもそのままに、転がるように外へと出る3人。
外は、ちょうど朝日が差し込んでいるところだった。
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