みじかいの | ナノ

Main

海色に染まった君と俺


「みて、みて、グリーン。今日は海がすごく青いよ」

真夏独特のじりじりとした日差しの中、汗をたらしながら見舞いに来た俺を見て、嬉しそうに顔を綻ばせたかと思うと、椅子へと移動する間もなくそう言われた。
きれいだね、と嬉しそうにつぶやく幼馴染の声につられて、ドアぐちでつったったまんま窓の外に目を向ける。
白一色に統一された病室の窓から、まるで切り取られた絵のような青い海が見えた。水面に太陽の光が反射してキラキラと輝いている。たしかにきれいだ。

「ほんとだな」

素直な相槌を打ちながら窓から視線を離し、ナナシが座るベットの方へ移動した。隣に置いてある備え付けの椅子に座ると、窓に向けられていた視線がこちらへと向けられる。
季節に似合わないまっしろな肌と、それに対比するような黒い瞳。眼と同じ色をした長い髪は、今日は右肩にそってゆるく編みこまれていた。

「はい、タオル。ごめんね、暑かったでしょ?」
「別に」

渡されたタオルを受け取って、クーラーでほとんど引いた汗をぬぐう。ふぅ、と小さく行きを吐き出し、窓辺に置かれた小さな冷蔵庫から缶ジュースを取りだしながら、もうずいぶんとおなじみになったセリフをかけられた。
来る度に言われるその言葉は、俺にとってはもう挨拶みたいな感覚。小さいころから相変わらず、謙虚というかなんというか、気を遣いすぎなんだコイツは。俺が勝手に見舞いに来ているだけで、ナナシが呼び出しているわけではないのに。

「お前、いい加減そういうのやめろっていっただろ鬱陶しい。いちいちごめんとかいう関係でもねぇんだから」
「うん、でもだって、グリーンが来てくれるのうれしくってつい」

ごめんね、といいう言葉とは裏腹に詫び入れる様子もなく、笑う。
ったく、本当なに考えてんだかわかんねぇ。

「今日、体調は?」

乾ききった喉に冷たいジュースを流し込みながら尋ねる。見た感じいつもより良さそうだ。

「うん、すごく良いよ。だから、夕方になったら、浜辺にお散歩にでも行こうかなあって思ってたの」
「…1人でか?」
「うん。だって、今日みたいにきれいな日に行かないなんて、もったいないでしょ?」


夕日が沈むところ瞬間が1番きれいなんだって、と言いながら微笑むナナシ。
病気は重症化しているわけではないから、決して出歩いちゃいけないというわけではないが、日中に動くのはやはり本人もしんどいらしく、小さいころから遊んだ次の日なんかよく寝込んでいた。
体がきついのよりもまわりの人に気を使わせちゃうのか嫌だから我慢する、と言われたことがある。ナナシらしいといえばナナシらしい理由。
だからこそ1人で行くと言ってるんだろうが、何かあったらどーすんだバカ。

「俺も行く」
「へ?…あ、いや、でも悪いよ。夕ご飯食べてから行こうと思ってるし…」
「じゃあ売店でなんか夕飯買ってきて、ここで食うから。お前1人で行かせたら、砂浜で溺れそうで怖ぇし」
「へ?いや、砂浜では溺れないよさすがに失敬な…!」
「知るか。とりあえず、俺も行くから。決定な」
「む、むぅ。わかった、ごめんね…うひゃあ」

次の瞬間、飲みかけのジュースを机に置き、ナナシのほっぺたをつねる。ぐにぐにといじると、最初は驚いてきょとんとしていたナナシがだんだん涙目になってきた。

「い、いひゃいよ グリーン…」

ジタバタしたり振りはらったりはしてこなかったものの、うー と唸りだしてきたので、手から力を抜き少し赤くなったそこをさすってやる。

「いちいち謝るのやめろって言ったよな?」
「…ご、ごめんなさい」
「あ?」
「あ、ありがとう」
「ったく」

赤みの引いてきた頬から手を離して、ジュースを手に取った。完全に俺の手が別の物へと移行したことに安心したのか、小さく安心したように息をはく。
そして何事もなかったかのように笑顔にもどった。



*



そのままいつものように、とりとめもない会話をする。
ふと外を見ると、太陽が傾きかけてた。早いな、もうそんな時間か。

「よし、そろそろ準備するか」
「へ?」
「行くんだろ、海」

顎で窓の方を示すと、やっと意味を認識したのか嬉しそうに顔をほころばせた。

「うん!ちょっとまってて、外出許可もらってくる」
「おう。じゃあ俺、売店で飲み物とか買ってくるから、その間に着替えとけよ」
「はーい」

パタパタと走っていくナナシの後ろすがたを眺めながら俺も腰をあげる。今日は本当に体調がよさそうでよかった。売店に行き、ミルクティーとカフェオレのパックを1つずつ買う。

もういい頃かと病室に戻ると、ナナシは病人用のパジャマから白いワンピースへと着替え終わっていた。そのすがたを見て、俺の動きが止まる。
めちゃくちゃ、かわいかった。

「あ、おかえりなさい。許可取ってきたよ」
「お、おう///」

パジャマ以外のコイツを久しぶりに見たせいか、どうしていいかわからなくなった。いやいやいや、何言ってんだ、別にどうもしなくていい。…しなくてもいいんだが、なぜか恥ずかしい。

「い、行くか」
「うんっ」
少しどもりつつも(カッコ悪いな俺)、病室を出る。後ろからナナシが付いて来ているのを気配で確認しながら、浜辺へと出る裏口へ向かった。

海が近いのは病状を悪化させちゃうんじゃないかと、ナナシが入院する当初は根拠のない不安を持ったがここで良かった。この病院からは裏口を出たら浜辺まで徒歩で5分とかからない。これならあまり体に負担もかからないだろう。

「空、だいぶ赤くなってきたね。きれい」
「そうだな。気温もそんなに高くねえし、風もあるし、丁度いい天気だ。体は大丈夫か?」
「ふふふ、平気だよ。グリーン心配しすぎ、相変わらず過保護だなあ」
「過保護じゃねぇ。だいたいお前が心配かけるようなことしなけりゃこんなに…」
「あ、ほら、もうすぐだよっ」
「あ、おいナナシ走るな」

そう言って俺の言葉をさえぎると、タタタッと駆けて行く。注意しながらもその無邪気な姿がかわいらしくて、無意識的に笑みがこぼれた。

やっぱり過保護なのか、俺。

「んー。気持ちいい」
「ったく、あんまりはしゃぎすぎると明日しんどいぜ」
「大丈夫大丈夫。ほらグリーン、砂すべすべしてるよっ」
「…ナナシ、それもいいけど、ほら」
「へ?……あ…」

夢中で砂をいじるナナシが俺の声に反応して海の方へ視線を向ける。そこには、太陽によってオレンジ色に染められた海が広がっていた。言葉を失うナナシの顔に、海と同じように太陽の光が差し込む。真っ白だったワンピースが、わずかに海と同じオレンジ色に染まった。

「きれい……」

ナナシは噛みしめるようにそう呟きながら立ち上がると、手についた砂をはたいて俺の隣に立つ。

そっと、ナナシの手を握った。
病気でやせた小さい、でも柔らかい手。その手をしっかりと握りしめる。

「グリーン、ありがとう」
「ん。また、来ようぜ」



海色に染まった君と俺



「海の色ってオレンジなんだね」と言うナナシがかわいくて手にさらに力を込めると、痛いと言って怒られた。でも絶対この手は離してやらない。


-----------------
処女作品。

- 8 -


[*prev] | [next#]



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -